後遺障害解説~脳の後遺障害
このページでは、交通事故の被害によって残ってしまう場合のある後遺障害のうち、脳に関する後遺障害の内容・留意点について、ポイントを絞って解説します。
脳の機能と脳に関連した後遺障害
脳の機能
脳の機能には、目や耳で感じたものを脳に伝える知覚機能や、脳から出された命令に従って手足を動かす運動機能といった一次的機能と、一次的機能により得た情報を、より高等な命令に変換するより上位の機能があります。
また脳には、一次的機能や上位の機能を連合して、それまでの知識や記憶と関連付けて理解したり(認知)、言語で説明したり(言語)、新たに記憶したり(記憶)、目的を持って行動に移したり(行為・遂行)する能力がありますが、そうした機能のことを「高次脳機能」といいます。
脳に関連した後遺障害
脳の後遺障害については、大きく分けて、
[1]器質性(精神)障害(画像検査等によって被害者の脳に器質的な損傷が確認される場合の障害)と、
[2]非器質性精神障害(脳に器質的な損傷がみられない障害)
に分けられます。
器質性(精神)障害について
脳の器質的損傷は、脳が(ア)局所的に損傷を受ける場合と、(イ)全般的に損傷を受ける場合(びまん性損傷)があります。また、障害が現れる態様も、脳機能の一部であったり、高次脳機能であったり、身体性の機能障害であることもあります。以下、簡単にご説明します。
局所的損傷
脳の局所的損傷による障害は、損傷された部位が担当する脳機能の障害として現れます。これを「単症状」といいます。
例えば、大脳のウェルニッケ領域が損傷を受けると、言葉を流暢に話すことができても話の内容を理解できないという障害が現れ、ブローカ領域が損傷すると、簡単な言語は理解できるが、上手く話すことができないといった障害が現れます。
びまん性損傷
びまん性脳損傷の場合は、脳の各部位を連結する脳の神経繊維にまで広範囲に損傷されるため、単症状だけではなく、複数の機能障害が現れる場合があり、上述した高次脳機能にも障害が現れる場合(高次脳機能障害)があります。
高次脳機能障害
高次脳機能障害とは、基本的に、脳の器質的損傷により、失語(うまく話せない、聞く言葉の意味が理解できない)、失認(物品を見てもそれが何か分からなくなる、◯や×といった図形の区別がつかなくなるなど)、失行(ジェスチャーができなくなる、道具の使用ができなくなる)といった単症状が現れる場合のみならず、認知障害や情動障害、意識障害を含む、全般的な情動・人格の障害が現れる場合も意味します。
例えば、事故前と別人のように怒りっぽくなった、幼稚になった、羞恥心がなくなったといったような人格上の変化が現れたり、これまでの生活で学習してきたことを行えなくなる、複数作業を同時に行えなくなるなどし、周囲とのトラブルを引き起こす場合もあります。
身体性機能障害(麻痺)
上で申し上げたものは、主に脳の精神的な機能にかかる障害について扱っていますが、その他、脳の外傷から体の麻痺が生じ、これにより運動障害や感覚障害が現れる場合があります。自賠責保険において、身体性機能障害として認定の対象とされている麻痺は、運動障害(運動性、支持性、巧緻性及び速度についての支障)についてです。
器質性(精神)障害にかかる後遺障害認定
脳の損傷による後遺障害等級認定は、一般的に「高次脳機能障害」(器質性精神障害)と「身体的機能障害」(麻痺)とに区分して判断されますが、こられは併合するのではなく、それぞれの障害の程度などにより、総合的に判断されます。以下、それぞれについて簡単にご説明します。
高次脳機能障害
高次脳機能障害については、自賠責保険の実務において、一定の要件を満たすケースについては、特定事案として高次脳機能障害審査会で判断することとされています。
そして、脳損傷の有無、脳損傷の種類と障害、事故との因果関係、障害の程度などを総合的に考慮し、脳外傷による高次脳機能障害と判断されるケースについては、その程度に応じて、以下のとおり、後遺障害等級第9級から1級にて認定するものとされています。
[1] 1級1号
「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」
[2] 2級1号
「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの」
[3] 3級3号
「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」
[4] 5級2号
「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの」
[5] 7級4号
「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外の労務に服することができないもの」
[6] 9級10号
「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」
身体的機能障害
身体的機能障害については、麻痺が生じた部位により、「四肢麻痺」(両側の四肢の麻痺)、「片麻痺」(一側上下肢の麻痺)、「対麻痺」(両下肢又は両上肢の麻痺)、「単麻痺」(上肢又は下肢の一肢のみの麻痺)に分類されます。そして麻痺の範囲や程度に応じて、以下の表のとおり、後遺障害等級第9級から1級にて認定するものとされています。
そして、脳損傷の有無、脳損傷の種類と障害、事故との因果関係、障害の程度などを総合的に考慮し、脳外傷による高次脳機能障害と判断されるケースについては、その程度に応じて、以下のとおり、後遺障害等級第9級から1級にて認定するものとされています。
[1] 1級
高度の四肢麻痺、中等度の四肢麻痺で要常時介護状態の場合、高度の片麻痺で要常時介護状態の場合
[2] 2級
高度の片麻痺、中等度の四肢麻痺で要随時介護状態の場合
[3] 3級
中等度の四肢麻痺
[4] 5級
軽度の四肢麻痺、中等度の片麻痺、高度の単麻痺
[5] 7級
軽度の片麻痺、中等度の単麻痺
[6] 9級
軽度の単麻痺
[7] 12級
運動性、支持性、巧緻性、速度についての支障がほとんど認められない程度の軽微な麻痺
非器質性精神障害について
非器質性精神障害とは
非器質性精神障害とは、画像所見などから脳に器質的な損傷がみられないものの、被害者に異常な精神状態が発生している状態をいいます。
代表的な診断名は、いわゆるPTSD(心的外傷後ストレス障害)ですが、後遺障害認定実務では、「外傷性神経症」や「神経症性障害」などとされる場合もあります。主な症状としては、事故の瞬間のフラッシュバックが繰り返し起こったり、抑うつ状態となったり、不安や意欲低下が生じたりする場合があります。
この障害は、脳や体に傷がつかず、あるいは、軽微な傷がついてもすっかり回復しているにもかかわらず、思考や行動能力の低下が起こる場合をいいますから、「本当にそのようなことが起こるのか」、「詐病なのではないのか」、「本当に交通事故が原因でそのような症状が発生しているのか」といった疑いをかけられる場合が少なくありません。
非器質性精神障害にかかる後遺障害認定
非器質性精神障害にかかる後遺障害認定については、以前は、自賠責保険の認定において認定されても、最低の等級である14級どまりでしたが、近時は徐々に見直され、その内容次第では、原則9級まで、場合によってはそれ以上の認定もあり得るようになっています。
現在の自賠責保険における認定の基準については、基本的には、平成15年に改定された労災障害認定基準に沿い、認定を行っているように思われます。しかし、自賠責保険の場合には、労災補償の場合と異なり、就労状況から判断する手法が当てはめられない場合もあるので、その動向を見守る必要があると思われます。なお、現在、等級評価の判定の目安としては、以下のような参考例が挙げられています。
[1] 9級
非器質性精神障害のため、日常生活において著しい支障が生じる場合
[2] 12級
非器質性精神障害のため、日常生活において頻繁に支障が生じる場合
[3] 14級
概ね日常生活は可能であるが、非器質性精神障害のため、日常生活において時々支障が生じる場合
ご注意事項
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