2010-06-02 ネット上の名誉毀損と企業の信用
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
1 今回の判例 ネット上の名誉毀損と企業の信用
平成22年3月15日最高裁判決
X氏が、インターネット上で、ラーメン店チェーンを経営する会社Y社を中傷する書込を掲載した男性が名誉毀損罪に問われた事件の最高裁判決が、今回の判例です。
この事件が注目されたのは、一審の東京地裁判決において、ネット上での名誉毀損について、今までの判例とは異なる新たな判断基準を示されたためでした。
これまでの裁判例では、真実ではない名誉毀損的な表現が名誉毀損罪とならないためには、その表現が、確実な資料や根拠によりその情報が真実であると誤信した場合に限られました。しかし、一審判決は、個人のネット上の書き込みについては、真実でないことを知りながら書き込んだ場合や、個人レベルで可能な程度の調査を行わずに書き込んだ場合でなければ、名誉毀損罪は成立しない、と判断したわけです。
2 裁判所の判断
最高裁は、ネット上の表現の名誉毀損罪成立の基準が今までの基準とは変わらないこと、個人のインターネット上の書込だからといって、一審判決のように名誉毀損罪が成立しない要件を緩やかなものとすることはできず、確実な資料や根拠なく真実であると誤信して他者を誹謗中傷するような書込を行えば、名誉毀損罪が成立することを明らかにしました。
東京地裁は、緩やかな基準を用いるべき理由として、ネット上で書込を受けた被害者はネット上での反論が容易であること、ネット上の情報は一般に信頼性が低いものと考えられていることが挙げられました。
他方、最高裁判決は、判決の理由として、ネット上の書込に反論をしたとしても一度損なわれた名誉が回復するとは限らないこと、ネット上の書込であるからといって、信頼性の低い情報と受け取られるとは限らないことが指摘されました。また、ネット上の情報が多くの人によって瞬時に閲覧されることによって、ネットによる名誉毀損の被害は深刻なものとなり得ることも理由として挙げられています。
3 解説
(1)ネット上の書込と対応方法
近年、インターネット掲示板などへの書込によって企業の信用が損なわれる危険が増大しています。
書込の中には、会社の秘密情報が含まれている場合、会社、その役員、その従業員に対する誹謗中傷や侮辱が含まれている場合があります。また、虚偽、不正確、根拠のない情報の流布によって会社の業務上の信用が落とされたり、会社のセキュリティ上の弱点を露わにして違法行為を誘発したりする情報もあります。さらには、会社の役員・従業員のプライバシー情報が流出される恐れもあります。
これらは会社にとっては大きなリスク要因となるものであり、的確に対応することが重要となってきます。
ネット上の名誉毀損的な書込に対する対応としては、以下のようなものがあります。
- 事態を静観する、又は放置する
- 企業としての説明責任を果たし、書込に対して反論する
- 書込を停止又は削除するようプロバイダ又はサイト管理者に要請する
- 書込者を特定し、損害賠償請求などの民事責任を追及する
- 書込が、名誉毀損罪、信用毀損罪、業務妨害罪となるような場合、刑事告訴する
本稿では、上記の各方法について個別に解説はしませんが、別の機会に少しずつ解説をしていきたいと思います。
(2) 書込者に対する責任追及
書込に対する対応の一つとしての責任追及の一つは、名誉毀損を理由として書込者に対し民事上の損害賠償の請求をし、又は刑事告訴によって刑事責任を追及することです。もちろん、これらの手段は、その前提としてプロバイダ責任制限法の利用による書込者の特定を経なければならない場合が多いこと、訴訟等にかかるコストと労力が小さくないことから、行うべき場合は限定されていると思われます。
しかし、ネット上の名誉毀損的な書込がなされた場合、会社に与えた損害が重大で、書込の削除等では対応として不十分な場合などには、書込者に対する責任追及の行動を起こさざるを得ないことがあるでしょう。また、会社として、同様の書込を抑制する目的で、又は、従業員や取引先などに対して、名誉毀損的書込に対して厳正に対処していることを示す意味から責任追及の行動を起こす場合もあるかと思われます。
ただし、法的手段を取る場合には、マイナス面も考える必要があります。例えば、少し前に注目された電機メーカ関連会社T社に関する事件があります。これは、T社が、裁判所に仮処分を申し立てたことで、かえってネット世論からの猛烈な反発を招き、仮処分自体を取り下げざるをえない事態に追い込まれた、というものでした。そして、同社の対応について書かれたサイトのアクセス数が爆発的に増加し、T社グループのブランドイメージが低下する結果になりました。
したがって、法的手段がかえって逆効果になることもあることを考えた上で、弁護士などの専門家と相談しつつ、責任追及の手段に踏み切るかどうか検討すべきではないかと思われます。
(3) ネット上の書込の重大性と今回の判決の意義
今回の裁判で、東京地裁は「ネット上の情報は一般に信頼性が低いものと考えられている」と指摘しましたが、現実にはそれとは反対に、ひとたび企業の信用を毀損するような書込がなされると、その悪影響が決して無視できないものであることは、多くの企業が実感していることでしょう。また、新聞や週刊誌のような刊行物であれば、発売期間が過ぎれば名誉毀損的表現の流通性も急速に衰微するのに対し、ネット上の書込は、削除されない限りインターネット上にずっと残存し、検索エンジンなどを通じいつまでも多くの人の目に触れ続ける、という特徴があります。したがって、ネット上の書込の影響は、他の場合と比べて、より深刻な場合があります。
個人によるネット上の書込について、東京地裁が立てたような緩やかな基準で名誉毀損が成立しないと判断されることになれば、無責任な名誉毀損的表現がさらに氾濫する危険が増大しかねかったも考えられます。今回の最高裁判決は、ネット上の書込の深刻さを理解した判決として、ネット上の書込に対し法的手段を考えている企業にとっては、不当に高いハードルが課せられなかったことを意味するともいえるでしょう。
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