2017-08-17 「医の心」商標と商標的使用

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東京地方裁判所平成29年4月27日判決

 A氏は、第 41 類「医学部・歯学部に関する受験勉強の教授ほか」を指定役務とする登録商標「医の心」及び「医心」(いずれも標準文字商標)の商標権を有しています。

 B社は、医学部受験生に対する受験指導等の宣伝広告をするウェブサイト、パンフレット、チラシにおいて、以下のような形で「医の心」「医心」を使用しました。

・「医心養成ゼミでは良医になるための知識や心構えを習得していきます。」
・「医学部入試(面接・小論文)突破のみならず,その先の医学生として,自分を高め続けていくために必要な素養や能力,それが『医の心』です。」
・「医心養成ゼミとは,その『医の心』を講義形式やその場での実践を通して身につけていくことを目的とした特別講座です。」 

 以上の事実のもと、A氏は商標権を侵害されたとして、B社に対し、上に述べた表現について使用の差止と損害賠償を求めました。

裁判所の判断

 裁判所は以下のように判断して商標としての使用ではないとし、A氏の訴えを認めませんでした。

● 「医の心」という語は、A氏の商標出願より前から、医療関係の書籍や番組、ウェブサイト等で頻繁に用いられている。「医心」は「医の心」を短縮した語であり、「医学の心得」との意味(広辞苑)で一般に用いられている。

● ウェブサイト等において、「医の心」「医心」という語は一般的な意義と同様の意味で記述的に説明した語として用いられているから、商標的に使用していることにはならない。

● したがって、B社による上記のような使用には、本件商標権の効力は及ばない(商標法26条1項6号)。

解説

(1)商標の使用と商標権侵害の関係

 ある登録商標と同一の文字や図形を使用すれば、常に商標権の侵害となるのでしょうか。実はそうではありません。

 それは、一般に、商標の主な機能が、自己の商品を他の商品と区別するための「目じるし」としての機能(自他商品識別機能、出所表示機能)にあるため、自他商品識別機能、出所表示機能等を有するような使用の仕方でなければ、その商標権を侵害しているとはいえないからです。

 この点は伝統的に裁判例において認められてきたところ、平成26年の法改正で商標法26条1項6号として明文化されました。そして今回ご紹介した裁判例も、商標法26条1項1号に基づき商標権侵害が否定されたわけです。

(2)商標としての使用該当性が問題となる具体例

 ある使用が、商標としての使用か否かはケース・バイ・ケースに判断されますが、イメージを持っていただくため、過去の裁判例の一部をご紹介したいと思います。

● 包装の状態を表すものと判断された例

 「銀包装」の文字を、他の出所標識とともに、あられやおかきの包装容器に使用する行為が、商標「銀装」という商標権(指定商品:菓子パン)の侵害となるかが争われました。

 裁判所は、「銀包装」という文字が包装の状態を表すものとして認識されるから、商標権を侵害しないと判断しました(大阪地裁昭和46年3月3日判決)。

● かるたの内容を表示するものと判断された例

 かるたの容器の蓋に、「一休さん」の文字と図形等が大きく表示され、ここに「テレビまんが」の文字が表示されているというケースで、商標「テレビマンガ」の商標権(指定商品:娯楽用具)を侵害するかが争われました。

 裁判所は、当該表示につき、かるたの内容がテレビ漫画「一休さん」に由来するという商品の内容の表示にすぎず、自他商品識別標識としての機能を果たす使用とはいえないとして、商標権侵害を否定しました(東京地裁昭和55年7月11日判決)。

● 歴史的な通行手形を模したものと判断された例

 将棋の駒の形状の木製品に「通行手形」の文字を、「交通安全」その他の文字や図形とともに表示する行為が、「通行手形」の文字商標(指定商品:壁掛け等)の商標権を侵害するかが問題となりました。

 裁判所は、当該製品が、歴史において実際に使用された通行手形を模したものであって、自他商品識別機能を持つ使用とはいえないとして、商標権侵害を否定しました(東京地裁昭62年8月28日判決)。

● 売り場の名称の表示であると判断された例

 デパートが玩具・人形の売場に表示した「おもちゃの国」「TOYLAND」の文宇が、「おもちゃの国」「TOYLAND」などの文字で構成される登録商標(指定商品:玩具等)の商標権侵害の有無が問題となりました。

 裁判所は、上の表示は、玩具の売場自体を示すためにのみ用いられているという理由で、商標権侵害を否定しました(東京地裁昭48年1月17日判決)。

●キャッチフレーズとしての使用と判断された例

 清涼飲料コカコーラにおける「ALWEYS」を含む図柄の使用が、登録商標「オールウエイ」(指定商品:清涼飲料)の商標権侵害となるかが争われました。

 裁判所は、前記使用はキャッチフレーズの一部であり、商品を特定する機能や出所を表示する機能を果たしているとはいえないという理由で、商標権侵害を否定しました(東京地裁平成10年7月22日判決)。

(3)ビジネス上の留意点

 自社の登録商標を他社が使用していると思われる場合、又は他社から、「自社の登録商標を使用している」と警告を受ける場合があります。

 しかしこの場合であっても、今回考えたように、ある商標の「使用」が、商標法における「使用」、つまり商標としての使用といえるか否かについて判断が難しいケースがあり、慎重な検討が必要です。

 それで、自社の登録商標を他社が使用しているからといって安易に警告に及んだり、他社から、「自社の登録商標を使用している」と警告を受ける場合に慌てて使用を中止する前に、まずは上のような観点からしっかりと検討することは重要といえます。



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