2016-10-18 特許の均等侵害の概要
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
前書き
本稿を執筆しております弁護士の石下(いしおろし)です。いつもご愛読ありがとうございます。
前書きは前回の続きです。健全な判断をする多くの経営者にとっては、取引や事業に伴うリスクを避け・軽減するためには、事前に専門家にコストをかけ契約書を整えることは、自動車保険と同様の必要経費と見られているということを申し上げました。
では、上の「リスク」にはどんなものが含まれているのでしょうか。その一つは「契約書は中立ではない」というものがあります。
「誰が書いても契約書は同じ」と考えている方もおられますが、実は、作る立場によって内容がかなり異なります。例えば開発業務委託契約でいえば、発注者側が提示する契約書と、受注者側が提示する契約書は大きく異なります。
ところが、筆者の経験上、ある相談者が、インターネットからたまたま見つけてきた発注者側に有利な契約書を、自社が受注者であるにもかかわらず、それと気づかずに使ってしまい、不必要に自社に不利な内容の契約をしてしまった、というケースがありました。しかし法律の専門家でないと、あるひな形を使っていいのか良くないのか、と識別は必ずしも容易ではないかもしれません。「安易なひな形の選択が自分の首を絞めることがある」というわけです。
なお、本稿の末尾には、弊所取扱案件として英文契約実務(M&A・投資編についてご紹介しています。ご関心があればこちらもご覧ください。
では、本文にまいります。
1 今回の事例 特許の均等侵害の概要
東京地裁平成28年1月21日判決
A社は、発明の名称を「パック用シート」とする特許権を有していました。そして、B社の製造販売するフェイスマスクが特許権を侵害すると主張して訴訟を提起しました。
A社特許発明の中でとくに問題となった構成は次の構成です。
「鼻翼の付け根から鼻尖を経て、もう片方の鼻翼付け根部分に、さらに眼の付け根に至り、もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に・・・「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した」
言葉だけだと分かりにくいと思います。具体的な図は以下をご覧ください。
他方、B社製品においては、目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点でA社特許発明と相違していました。B社製品の図は以下をご覧ください。
2 裁判所の判断
裁判所は以下のように判断し、特許権の侵害を認めました。
● B社製品は、「ほぼ台形の領域」のうち、目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていない点でA社特許発明と相違する。
● しかし、A社特許発明は、鼻部にミシン目状の切り込み線を複数列配することによって、従来技術では困難であった小鼻部分を覆うことを実現した点に固有の作用効果がある。
● そうすると、B社製品において、目頭の高さからやや下の部分までの領域に切り込み線が設けられていないとしても、A社特許発明の固有の作用効果を基礎付ける本質的部分に属する相違点ではない。
● B社製品も、小鼻部分を含めた鼻全体に密着するものであると認められるから、A社特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏する。
● その他の均等侵害の要件も充足するから、B社製品はA社特許発明の構成と均等なものとして、その技術的範囲に属する。
3 解説
(1)特許権の侵害の考え方(おさらい)
以前取り上げたとおり、特許侵害につき理解するためには、特許権の権利範囲を理解する必要があるところ、特許権の権利範囲は、原則として「特許請求の範囲」(クレーム)の記載の解釈によって定められる、とご説明しました。
そして、ある特許権の発明が、A~Eの5個の構成でなっている場合に、別の製品がその特許権の侵害といえるためには、その製品が同様にA~Eの構成すべてを充足する必要がある、ということが原則となります。
(2)均等論の背景・問題意識
均等論は、上の原則に対する例外の一つです。
均等論の問題意識は、他社が特許発明とほとんど同じ構成でありながら重要ではない構成が僅かに異なる製品を製造しており、しかも特許発明と同じ効果を奏しているというケースで、これが特許侵害として問えないのはおかしいのではないか、という点にあります。
例えば、架空事例として、分説すると以下のようになる特許請求の範囲を持つ「消しゴム付き鉛筆」という発明を考えます。
A 黒鉛を含んだ細長い形状の芯と
B 前記芯が挿入され固定された六角柱状の軸でなる鉛筆本体と
C 筆本体の後端部に設けられ
D 鉛筆本体による筆記を消去する
E 塩化ビニール樹脂製消しゴムと
F でなることを特徴とする鉛筆
ここで、この特許が出願された時点では、消しゴム付き鉛筆は世の中に存在せず、世の中に知られていなかったとします。他方、消しゴムについては、塩化ビニール樹脂製消しゴムのほか、ラバー製の消しゴムなどがあることは広く知られていたとします。
この場合、他社がラバー製の消しゴムを後端部につけた鉛筆を製造しても、特許請求の範囲の文言上は、この特許には抵触しません。しかしこの場合には、均等侵害として、この特許権の侵害となる可能性が相当程度存在すると考えられます。
(3)均等論の要件
ここでは深くは立ち入りませんが、上の架空事例との関係で均等侵害の成立要件について簡単に申し上げると、一般的に、以下のとおりとされています。
ア 相違部分が特許発明の本質的部分ではないこと
イ 相違部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること
ウ 相違部分のように置き換えることに、当業者が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであること
エ 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではないこと
オ 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないこと
この点、例えば「ア」について考えてみます。上の架空事例における「相違部分」は、消しゴムが、プラスチック製か(特許請求の範囲)、またはラバー製か(対象製品)です。
そしてこの場合、当該特許発明の本質的部分とはいえないと考えられます。それは、どの材料の消しゴムを使っても、鉛筆の後端に消しゴムを設けるという特許発明の課題の解決原理と同一の原理が採用されていると考えられ、かつ同一の効果を奏するといって差し支えないからです。
(4)実務上の留意点
例えば自社が新製品を製造販売する場合、他社特許を調査したりすることがあります。また販売後、他社から特許侵害の警告を受ける場合があります。
この場合に、例えば設計を変更して特許を回避できたと考えても、上のような均等論に照らすと侵害の現実的な疑いが残るというケースは、筆者が多くの会社から相談を受けた経験上も少なくありません。
いったん特許侵害の紛争に至り仮に製造や販売の差止に至ると自社にとっても甚大なダメージが及びかねません。それで、他社特許の侵害を避けて製品を製造するという場合、単純に請求項のみを見て即断せず、弁理士や特許紛争に精通した弁護士の鑑定や意見を求めることは重要となると考えられます。
4 弊所取扱案件紹介~英文契約実務(M&A・投資編)
近年では多くの企業が海外取引に積極的に取り組んでいます。海外取引・国際取引では英文契約はまさに自社を守る必須のツールといえます。
また国内ビジネスであっても、海外企業の代理店になるとか、海外企業と取引する場合には英文契約の締結が必要となる場合が少なくありません。
そして弊所では、英文契約業務に積極的に取り扱い、多くの企業の国際化を支援しています。
これまで弊所が作成・レビューとして取り扱ってきた英文契約は多種多様ですが、今回は特にM&A・投資編関係のものをピックアップすると、以下のようなものがあります。
・合弁契約書(Joint Venture Agreement)
・出資契約書(Investment Agreement)
・株主間契約書(Shareholders Agreement)
・株式譲渡契約書(Share Transfer Agreement,
Stock Transfer Agreement)
・法務デューディリジェンスチェックリスト
(Legal Due Diligence Checklist)
・不動産信託契約書(Real Estate Trust Agreement)
・不動産賃貸借契約書(Real Estate Lease Agreement)
弊所では海外取引・国際契約をご検討の方のご相談を歓迎します。詳細は以下のURLをご覧ください。
https://www.ishioroshi.com/biz/kaisetu/keiyaku/eibun_keiyaku/
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