2016-01-19 仲裁規定の解釈と仲裁のコスト
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
1 今回の判例 仲裁規定の解釈と仲裁のコスト
東京地裁 平成27年1月28日判決(中間判決)
パナマ共和国の船会社A社が、同社所有の船舶につき、日本の船舶運航会社B社を傭船者として定期傭船契約を締結していましたが、契約期間中である平成24年7月23日、B社は更生手続開始の決定を受けまし。
これに対しA社は、B社への定期傭船料債権が、会社更生法によって共益債権にあたると主張して、傭船料債権の支払を求めました。
ところで、同定期傭船契約の契約書17条には、英文で、船主と傭船者との間に紛争が生じた場合、案件は、ロンドンにおける仲裁とする合意が記載されていました。
そこで、B社は、A社からの訴えについて、仲裁法14条により、訴えの却下を求めました。
2 裁判所の判断
裁判所は、以下のとおり判断し、訴えを却下しませんでした。
● 当該仲裁合意は、仲裁の対象となる紛争について、「紛争が生じた場合(That should any dispute arise)」との概括的な文言を用いており、限定を加えていない。
● しかし、当該仲裁合意において仲裁人は『業界人(commercial men)』でなければならないとされているところ、ロンドンの仲裁実務において、『業界人』としてはロンドンの海運実務経験者が起用され、学者や裁判官経験者は選任されないこととなっている。
● 他方で、本件訴訟の中心的な争点は、当該傭船債権が共益債権に当たるか否かといった、日本の会社更生法の解釈固有の問題であり、ロンドンの仲裁人が適切に判断することには困難が伴う。
● 英国法上、裁判所の許可等のある特別な場合を除き、倒産を申し立てた会社を相手にして仲裁手続を行うことは許されないものとされている。
● 以上に照らすと、本件訴訟のような紛争についてまで、ロンドンの仲裁に付託すると合意したと解することはできない。
3 解説
(1)仲裁及び管轄合意とは
国際取引契約では、紛争が生じた場合の解決方法として、管轄裁判所を合意するケースのほか、本件のように、仲裁合意をしておくケースもよく見られます。
仲裁とは、当事者が、私人である第三者をして争いを判断させ、その判断に服することを合意し(これを「仲裁合意」といいます。)、その合意に基づき紛争を解決する制度です。
そして、この仲裁人の判断(「仲裁判断」といいます)には、裁判所による確定判決と同一の効力が認められています(仲裁法45条)。従って、仲裁判断に基づき、裁判所の強制執行手続を取ることができます。
また、仲裁合意をした当事者の一方が、仲裁合意があるにもかかわらず裁判所に提訴した場合、他方当事者が仲裁合意の存在を主張すれば、通常は訴えは却下(いわば「門前払い」)されます(仲裁法14条)。
本件でも、上のような理由で、被告B社は仲裁合意の存在を主張して訴え却下を求めましたが、裁判所は仲裁合意を限定解釈し、訴えを却下しませんでした。
(2)仲裁のコスト
さて、一般に仲裁制度については、当事者が仲裁人や仲裁機関を選ぶことができること、迅速性や、非公開であること、裁判所の判決と異なり、仲裁判断が多の国の裁判所で執行できることなどのメリットがあるとされており、国際契約において仲裁合意は頻繁に見られます。
ただし、仲裁制度について考える必要があるのはコストの問題です。
というのは、仲裁手続に必要な以下1~3の費用は、すべて当事者が負担するのが原則だからです。これに比べ、裁判手続では、2について当事者が負担するのは当然ですが、1と3について当事者が負担する部分は通常わずかです。そのため、仲裁においてはコスト負担が大きくなるわけです。
1. 仲裁廷の費用(仲裁人の報酬・費用、仲裁廷が選任した鑑定人報酬など審理に要する費用)
2. 当事者の費用(代理人の報酬、資料収集の費用、私的鑑定費用、仲裁場所への交通費や滞在費などを含む仲裁手続を遂行するための費用)
3. 仲裁機関の管理料金、その他仲裁手続のための合理的な費用(会議室、通訳、速記者等の費用)
(3)仲裁のコストの具体例
そして、具体例として、日本商事仲裁協会(JCAA)と国際商業会議所(ICC)について取り上げてみます。
日本商事仲裁協会の場合、紛争による請求金額または請求の経済的価値が2000万円というケースでは、管理料金が54万円、仲裁人報償金は「時間単価/仲裁人1名×仲裁手続に要し た時間」をベースに上限額(2000万円×10.8%=216万円)の範囲内で決まるとされています。時間単価は3〜8万円までの範囲とされています。ただし、上の費用には、代理人弁護士の費用や当事者の費用は含まれていません。
参考:https://www.jetro.go.jp/world/qa/04C-070308.html
他方、国際商業会議所の仲裁費用については、費目は同様ですが、例えば訴額が20万ドル程度、仲裁人が一人の場合、仲裁人報酬が平均で1万4600ドル程度(ただし最大で2万3479ドル)、仲裁機関の管理費用が7895ドルとなっています(以下のサイトで算定)。
それで、係争額が小さい(億未満の単位のもの)ことが想定される契約は、仲裁には不向きかもしれませんし、係争額が10億円未満が想定される契約は、仲裁人を一人とする仲裁規定を検討することが必要かもしれません。
仲裁規定の選択や書き方においては、上のように、想定される係争額やコストも加味して検討する必要があると思われます。
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