2012-06-25 特許実施契約とライセンシーの調査義務
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
1 事案の概要
知財高裁平成21年1月28日判決
X社が、Y社との間で、Y社の特許につき専用実施権設定契約を締結し契約金を支払い、同特許の実施製品とされたZ装置を使用しました。しかしその後、同特許を無効とする審決が確定しました。また、実際は、このZ装置は、同特許の実施製品でもありませんでした。それで、X社は、同特許にかかる装置を独占的に使用することができなくなったという理由で、Y社に対し、損害賠償請求と不当利得返還請求をしました。
X社は、請求の理由の一つに、「錯誤」を挙げました。すなわち、X社は、Z装置が同特許の実施製品であると考えて実施契約を締結したもので、Z装置が同特許の実施製品ではなかったという事実との間に錯誤があった、それゆえにこの実施契約は無効である、という主張です。
2 裁判所の判断
知財高裁は、実施契約を締結するに当たり、X社の認識した事実に何らかの点で誤りがあったとしても、それは重大な過失に基づくものというべきであり、X社が実施契約の無効を主張することはできないとしました。
それは、営利を目的とする事業を遂行する者は、自ら調査検討して契約を締結する義務がある、という理由からです。
すなわち、契約を締結する際の取引の通念として、「発明の技術的範囲がどの程度広いものであるか」、「当該特許が将来無効とされる可能性がどの程度であるか」、「当該特許権(専用実施権)が自己の計画する事業においてどの程度有用で貢献するか」等を総合的に検討、考慮することは当然であり、かかる調査検討を怠ったことは重大な過失である、という判断でした。
3 解説
(1)錯誤とは
民法では、契約やその他の意思表示の「要素」に「錯誤」があった場合、その契約等が「無効」となる、と定められています。例えば、判例に表れた例としては、土佐犬の売買契約につき、買手が当該犬が全国横綱としての実績を有し即時試合出場可能な闘犬であるものと誤信したが、実際はフィラリア症に罹患して激しい運動ができる状態ではなかったという事実のもとで、売買契約に錯誤があったと認めた例があります。
(2)契約締結と事業者の調査義務
本件では、特許実施契約について、ライセンシーであるX社が主張したのは、この「錯誤」でした。しかし、民法は、錯誤に陥った者に重過失がある場合には、無効を主張することはできない、と述べています。
この点で知財高裁は、X社が使用するZ装置が仮にY社特許の実施製品ではなかったとしても、それは、ライセンスを受ける者が調査して判断すべきことであって、調査検討を怠ったことには重過失があったとしたわけです。
この点、多くの場合、ある特許の技術的範囲や無効理由の有無などには高度な専門性が必要な難しい判断が必要ですが、知財高裁は、「仮に、自ら分析、評価することが困難であったとしても、専門家の意見を求める等により、適宜の評価をすることは可能である」と述べました。
「営利を目的とする事業を遂行する者は、自ら調査検討して契約を締結する義務がある」という理屈は事業者にとっては厳しいように思えるかもしれませんが、銘記しておくべき点ではないかと思われます。そして、特許実施契約であれば、そして特に関係する特許が自社の事業を大きく左右するような重要なものであれば、弁理士などの専門家にその特許と自社の事業との関係などを調査してもらうことは決して無駄なコストではないでしょう。
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