2011-06-07 退職後の秘密保持義務
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
今回のトピック:退職後の秘密保持義務
H20.11.26 東京地裁判決
A社は、CDなどのインターネット通信販売業を営む会社です。B氏は、A社に勤務していましたが、退職後に競業会社に就職し、在職中に得た商品の仕入先情報を利用して業務を行いました。
A社は、B氏の行為が(a)不正競争防止法2条1項7号の不正競争(営業秘密の不正使用)に該当する、(b)A社とB氏の間の秘密保持に関する合意に違反する、(c)A社とB氏の間の競業避止の合意に違反する、として損害賠償の請求をしました。
この秘密保持に関する合意は、B氏がA社に差し入れた誓約書の一部であり「業務上知り得た会社の機密事項、工業所有権,著作権及びノウハウ等の知的所有権は,在職中はもちろん退職後にも他に一切漏らさないこと」「私は、貴社を退職後も、機密情報を自ら使用せず、又、他に開示いたしません。」という文言でした。
以下は、本号のテーマである(b)の問題(秘密保持義務)に絞って検討します。
判決の概要
裁判所は以下のように判断しました。
● 従業員が退職した後においては、その職業選択の自由が保障されるべきであるから、契約上の秘密保持義務の範囲については、その義務を課すのが合理的であるといえる内容に限定して解釈するのが相当である
● 本件秘密合意の内容は、秘密保持の対象となる本件機密事項等についての具体的な定義はなく、その例示すら挙げられておらず、いかなる情報が本件各秘密合意によって保護の対象となる本件機密事項等に当たるのかは不明
● 本件の事情(*)に照らせば、B氏に対し、当該仕入先情報が本件機密事項等に該当するとして秘密保持義務を負わせることは、予測可能性を著しく害し、退職後の行動を不当に制限する結果をもたらすものであって,不合理である
● したがって、当該仕入先情報が秘密保持義務の対象となる本件機密事項等に該当すると認めることはできない。
(*) 当該仕入先情報がアルバイトを含め従業員でありさえすれば閲覧することが可能であったこと、X会社Y間の秘密保持契約もその対象が抽象的であり、本件情報が含まれることの明示がされていなかった、本件情報が営業秘密に当たることについて注意喚起をするための特段の措置も講じられていなかった、本件情報はインターネット等により一般に入手できる情報であったといった事情
解説
従業員に退職後の秘密保持義務を負わせる場合の注意点
裁判所も認めているとおり、退職後の秘密保持の義務を契約によって負わせることは可能です。
しかしながら、退職後の従業員の職業選択の自由の保障との関連で、契約上の秘密保持義務の範囲は、合理的な内容に限定して解釈されることになります。
秘密保持の対象となる情報の特定
会社としては、退職後の従業員に秘密の保持を課したい情報として、開発・製造上のノウハウ、経営計画、研究開発情報、顧客情報、仕入先、人事情報、原価情報等があることでしょう。この点、その秘密事項の内容(範囲)を明確に特定する必要があり(少なくとも例示が必要)、単に抽象的に「秘密事情を漏らさない」程度では、裁判所がその効力を否定する可能性が高いといえます。裁判所が述べているとおり、退職した従業員が、その秘密保持の書面を見て「この情報は会社の承諾なく利用することができるのか」を自分で判断できる程度に具体的でないといけない、というわけです。それで、この点は、会社にとって秘密保持の必要性が高ければ高いほど、守ってもらうべき秘密事項は具体的に特定したほうがよい、ということになります。かといって誓約書に、その機密情報そのものを書くわけにはいきませんので、その点いかにして特定するかについて工夫の余地があるということになります。例えば、「・・に所在する・・に関する・・データ」という形で、情報の所在場所と何に関する情報か、という形で特定するのも手かもしれません。
秘密保持の期間
また、退職後無期限に秘密保持を定めても無効とされるおそれが高いため、一定期間に区切るのが通常です。多くの場合、退職後2年から5年間の間で定められています。この長さをどうして決めるかについては、当該従業員の立場を考えて、在職中にアクセスできた情報の機密度と価値によって決めるということになるでしょう。
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