2011-02-05 職務発明と特許の二重譲渡
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
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1 今回の判例 職務発明と特許の二重譲渡
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知財高裁 平成22年2月24日判決
X社の従業員A氏は、X社在職中に工作機械に関する職務発明で
あるB発明をしました。X社の就業規則には、職務発明につき特許
を受ける権利をX社に承継させる旨の定めがありました。
しかし、A氏は、平成16年1月にX社を退職後、Y社に入社し
、B発明についての特許を受ける権利をY社に譲渡しました。すな
わち、B発明についての特許を受ける権利は、X社とY社に二重譲
渡された、ということになります。
そして、Y社は、平成16年6月にB発明につき特許出願をしま
した。これに対し、X社は、B発明の特許を受ける権利がX社が有
することの確認を、裁判所に求めました。
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2 裁判所の判断
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知財高裁は、以下のとおり判断し、X社の請求を認めました。
(1)A氏は、平成16年1月のX社退職時に、在職中に知り得た
秘密の漏洩や自己使用をしないというという誓約書をX社に提出し
ていた。
(2)Y社による特許出願の時点ではY社の代表取締役は、B発明
につき、AがX社の従業員としてなしたものであることを知ってい
た。
(4)それで、通常は、B発明は職務発明としてX社に承継されて
いるであろうことも認識していたというべきである。
(5)Y社は背信的悪意者に当たるから、Y社が先に特許出願した
からといって、それをもってX社に対抗することはできない。
(6)X社は、B発明につき特許を受ける権利の承継をY社に対抗
することができる。
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3 解説
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(1)特許権の譲渡と対抗要件
特許法34条1項は「特許出願前における特許を受ける権利の承
継は、その承継人が特許出願をしなければ、第三者に対抗すること
はできない」と定めています。
つまり、特許を受ける権利が、何らかの事情で甲から乙に譲渡さ
れ、その後、甲から丙に譲渡された場合でも、丙が先に特許出願を
すれば、乙に対して特許を受ける権利を主張できる(対抗できる)
という法理なのです。それで、この場合には、乙は丙に対して特許
を受ける権利を主張できません。
他方、この対抗要件の法理を機械的に適用すると、不都合な事態
が生じることがあります。それで、前記の例でいえば、Cが信義則
上、Bが対抗要件を備えていないことを主張する正当な利益を有し
ない場合には、BはCに対し、特許を受ける権利を主張することが
できます。
本件についていえば、本件の知財高裁の判決の原判決は、Y社は
背信的悪意者とはいえないと判断し、X社はY社に対しB発明の特
許を受ける権利の承継を対抗することはできないとして、X社の請
求を認めませんでした。
他方で、知財高裁では、Y社が、A氏から譲渡を受けた特許を受
ける権利がすでにX社に譲渡されていたことを知っていたこと、か
つ、A氏がX社に対し、特許出願にかかる情報が機密であって第三
者に漏洩してはならないような義務を負っていることを、Y社が知
っていた、といった事情から、Y社を「背信的悪意者」と認定し、
X社の請求を認めたわけです。
(2)転職者と特許出願の留意点
特許を受ける権利の二重譲渡というと滅多にないケースかもしれ
ませんが、本件のような、他の企業で開発部署にいた等、職務発明
をしていた可能性のある従業員の転職を受け入れた企業が、転職者
が持ち込む何らかの発明や技術開発情報を使用するというケースは
、どの会社でも起きる可能性がないとはいえないものかもしれませ
ん。
そして、この場合、転職者によって持ち込まれた発明等を手放し
で利用できるかどうかについては、少々立ち止まって慎重に検討す
ることが重要となると思われます。
例えばその転職者から事情を聴取し、転職者が負う機密保持義務
の有無と内容、その発明や技術開発情報の知得の経緯、前職時代で
ある場合には職務発明該当性、これらの発明や技術開発情報の開示
が転職者の義務に違反しないかなどを調査する必要があると考えら
れます。
以上のとおりの調査によってクリアランスが得られた結果、転職
者から譲渡を受けた特許を受ける権利に基づき出願したケースであ
れば、結果的にその特許を受ける権利が二重譲渡であることが判明
した場合であっても、少なくとも自社が背信的悪意者には該当する
として特許を受ける権利を失う、といった事態を回避する可能性が
あると思われます。
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