2010-07-07 独占禁止法と大規模小売業者告示
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
1 今回の判例 独占禁止法と大規模小売業者告示
平成21年6月19日公正取引委員会排除措置命令
今回は、裁判所の判例ではなく、公正取引委員会の排除措置命令を取り上げます。
X社は、家具、家庭用品、工具・住宅用建材などのDIY用品等の小売業を営む会社です。
公正取引委員会は、X社に対する調査を行った結果、X社の納入業者に対する行為の中に、「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法(大規模小売業者告示)第1項、第2項及び第7項に違反する行為があると判断し、排除措置命令を発しました。
2 公正取引委員会の判断
公正取引委員会は、主に、X社の以下の行為を違反行為として排除措置命令を出しました。
(1)X社は、店舗の閉店又は改装に際し、当該店舗の商品のうち、当該店舗及び他の店舗において販売しないこととした商品について、その商品の納入業者に対し、納入業者に責任がないにもかかわらず、当該商品を返品している。
(2)X社は、家具商品部で取り扱う商品のうち、定番商品から外れたこと又は店舗を閉店するに当たり当該店舗において売れ残ることが見込まれることを理由として割引販売を行うこととした商品について、当該商品の納入業者に、納入業者に責任がないにもかかわらず、当該割引販売に伴う自社の利益の減少に対処するために必要な額を当該商品の納入価格から値引きさせている。
(3)X社は、店舗の開店、改装又は閉店に際し、当該店舗に商品を納入する納入業者に、当該納入業者の商品以外の商品を含む商品の搬入等の作業・商品の陳列等の作業を行わせることとし、派遣の条件について合意せず、かつ、派遣のために通常必要な費用を負担することなく、従業員等を派遣させている。
3 解説
(1)不公正な取引方法と公正取引委員会の指定
独占禁止法は、私的独占やカルテルなどの不当な取引制限を禁止するとともに、競争の実質的制限に至っていない公正な競争を阻害するおそれのある行為を「不公正な取引方法」として禁止しています。
独占禁止法2条9項によれば、「不公正な取引方法」の具体的な内容は、公正取引委員会が指定することになっています。この公正取引委員会の指定には以下のものがあります。
(a) 一般指定:すべての業界に一般的に適用される指定
(b) 特殊指定:一定の業界のみを対象とした指定
現在特殊指定がされている業界としては、新聞、大規模小売業、教科書、海運、食品缶詰・瓶詰などあります。
(2)大規模小売業者告示の概要
今回の違反行為として指摘された「大規模小売業者告示」も、この特殊指定の一つです。この指定は、百貨店、スーパー、ホームセンター、専門量販店、コンビニエンスストア本部等の大規模小売業者が、納入業者に対して、優越的地位を濫用して行われている不当な行為を規制するために定められました。
規制の対象となる大規模小売業者は、おおむね、売上高100億円以上の小売業者又は店舗面積1500平米以上(ただし特別区と政令指定都市については3000平米以上)の店舗を有する小売業者です。そしてこの大規模小売業者と、納入業者との取引が規制の対象となります。
具体的に規制される内容は、上記の主に以下のとおりです。
- 大規模小売業者が購入した商品の不当な返品
- 不当な値引き(大規模小売業者が商品を購入後に値引要求を
すること等) - 不当な委託販売取引、特売商品等の買いたたき
- 特別注文品の受領拒否
- 押し付け販売等(納入業者に自己の指定する商品等を購入さ
せること等) - 納入業者の従業員等の不当使用
- 不当な経済上の利益の収受等
(3)取引条件の交渉と独占禁止法
以下、納入業者側にとって、この大規模小売業告示などの独占禁止法上の規定をどのように活用できるかを考えてみたいと思います。この点、確かに、納入業者にとっては、大規模小売業者から本来の取引条件にはない不当な要求が求められた場合であっても、取引の継続を危ぶむことからこれを断るのは難しいと感じる場合もあるでしょう。
しかし、必ずしも最初からあきらめる必要はないように思われます。公正取引委員会が実施した大規模小売業者に対するアンケート調査では、『大規模小売業告示を知っている者は92%であり、そのうちの97%が同告示の内容についても「よく知っている」又は「ある程度知っている」と回答』『89%が「社内の全職員に周知されている」「比較的多くの部署又は職員に周知されている」又は「一部の部署又は職員に周知されている」と回答。この結果から、告示等が大規模小売業者の社内において、おおむね周知されている状況が認められる。』と述べられています。
また、公正取引委員会の「大規模小売業者との取引に関する納入業者に対する実態調査報告書」(出典1)では、各種の不当な行為又はその要請について、取引先大規模小売業者からこれらの不当な要請があった場合にどのように対処しているかについて、以下のような回答があったとしています。
- 断るようにしている 20.0%
- 告示を引き合いに出して断るようにしている 4.6%
- 不当な委託販売取引、特売商品等の買いたたき
- 応じるようにしている 14.7%
そして、同報告書は、不当な要請に対し「断るようにしている」「告示を引き合いに出して断るようにしている」と回答した者のうち、「不当な要請を断ったことを理由として不利益な取扱いを受けたことがある」と回答した者は4.4%となっている、と述べています。
また、平成20年度食品産業における取引慣行の実態調査報告書(平成21年3月財団法人食品産業センター出典2)は、全般的に量販店との取引において、最近3年間位の間に取引慣行に関して小売側に改善を認めるかとの設問に対し、「かなりの改善が認められる」(11.0%)+「ある程度の改善が認められる」(53.1%)の回答の合計(64.1%)が、改善傾向が足踏み状態にあった前回調査に比べると若干改善し、4年連続で50%を上回った、と述べ、「取引慣行の改善はなかなか進まない状況にあるという結果となったが、ここ数年の流れでは全体として緩やかではあるが改善していることは、これまでの調査結果にも表れて」いると述べています。
以上のような調査結果が実態を反映しているとすれば、大規模小売業者の多くが大規模小売業告示についてある程度知っていることになります。そしてその告示違反については、独占禁止法の不公正な取引方法に該当し、排除措置命令等の行政処分を受けるほか、差止請求・損害賠償請求の対象となることなど重大なペナルティが課されうることもある程度認知されていると思われます。また、平成21年の独占禁止法改正で、優越的地位の濫用行為が継続して行われた場合が、新たに課徴金の対象となりました。
そして、上記の実態調査結果によれば、不当な要求に対して「応じる」と回答する事業者も少なくないものの、すでに、断ることとしている事業者は応じると回答する事業者よりも上回っています。
以上を考えれば、納入業者としては、契約や取引の場面において、納入先の小売業者からの不当な要求に対し、要求に応じない方向で交渉することが非現実的とはいえないと思われます。この点、納入業者においては、大規模小売業告示やその運用基準の概要をある程度知っておくことは重要ではないかと思われます。そうすれば、小売業者からの不当な要求に対し、これらの規定に抵触する旨を指摘することで、小売業者に対し不当な要求を思いとどまらせる一つの理由になると思われます。
近年ではコンプライアンスがますます重要視されてきていますので、中小企業においても、法律の知識を一つの手段としてできる限りの交渉を行うことは、結果として自社を守るための一つの有効な手段となるのではないかと思われます。
出典1 http://www.jftc.go.jp/pressrelease/06.december/06122604-01-h
ontai.pdf
出典2 http://www.shokusan.or.jp/publication/index.html
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