2017-05-09 事業承継と遺言作成の留意点
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1 今回の事例 事業承継と遺言作成の留意点
最高裁平成28年6月3日判決
琉球国の名門であったA家の二十代当主B氏は、「家督及び財産はCを家督相続人としてA家を継承させる」という記載を含む、全文、日付、氏名を自書した遺言書を作成しました。
遺言書には、「A家十八世二十代家督相続人B」との名下に花押(かおう)がありましたが、印章つまり印鑑による押印はありませんでした。
民法では、自筆証書遺言の要件として押印が必須とされているところ、C氏以外の相続人は、花押では押印の代わりとならないとして、遺言書の無効を主張しました。
2 裁判所の判断
最高裁は以下のように判断しました。
● 花押を書くことは、印章による押印とは異なる。
●民法が自筆証書遺言の方式として、遺言の全文、日付及び氏名の自書のほかに押印も要するとした理由は、遺言書本人が真意で作成したことの確保とともに、重要な文書については署名とともに押印することによって作成を完結させるという日本の慣行に照らして文書の完成を担保することにある。
●この点、日本において印章による押印に代えて花押を書くことにより文書を完成させるという慣行があるとは認めがたい。
● 以上から、花押を印章による押印と同視することはできず、自筆証書遺言の要件に欠けるから、遺言書は無効である。
3 解説
(1)事業承継と遺言の使い道
特に中小企業の経営者の方々が遅かれ早かれ直面するのが、「事業承継」の問題です。
この点、本件のテーマとなった遺言は、事業承継という観点から活用を検討すべき手段であるといえます。
自社株や自社不動産を社長が所有しているというような中小企業では、いずれお子様の一人を後継者として事業を承継させたいというケースも多いと思います。そのような場合、社長が遺言を作成している場合と作成していない場合では、大きな違いがあります。
まず、遺言を作成していない場合には、他の手段を講じていない限り、法定相続分にしたがって遺産分割が行われます。
そのため、例えば長男を後継者としたい場合でも、長男の相続分を超える株式を長男が取得するためには他の家族の同意が必要となり、株式の代わりに代償金を要求されるかもしれません。
加えて、遺言がない場合、遺産分割が調うまで、その株式は「準共有」という共有状態になりますが、相続人各自が会社に対して株主権を個別に行使できるわけではありません。むしろ、共有持分の過半数をもって権利を行使する者1人を定め、その氏名を会社に通知しなければならないと定められています(会社法106条、民法252条)。
それで、相続人間の意見が合わない場合、権利行使者が定まらず、長期間株主としての権利行使ができなくなるおそれもあります。
他方、「遺留分」(妻と子供の場合は法定相続分の2分の1)を侵害しないように遺言を作成すれば、多くの場合、株式はすべて長男に承継させるということも可能となり、スムーズな事業承継のための障害を小さくすることができます。
(2)遺言作成の留意点~要式性
もっとも、遺言については、「要式性」という、一定の厳格な要件があります。そしてそれが満たされないと、本件のように無効とされてしまうことがありますので、十分な注意が必要です。
この点、自筆証書遺言の要件の主たるものは以下のとおりです。
●遺言書の全文を自筆で書く(代筆、印字は不可)
●作成日付を正確に書く(例えば「吉日」は不可)
●氏名を自署し、続けて印鑑で押印する
●他人の遺言とまとめてではなく、自分の分だけ書く
また、書き損じがあった場合、その修正についても厳格な要式がありますので、遺言が長文にわたるようなものでなければ、最初から書き直すほうが無難です。
このように自筆証書遺言は色々と注意すべき事項があり、どれが欠けても無効とされてしまう可能性があります。そこで、財産の内容や遺言の内容が複雑である場合、相続人間でもめる可能性がある場合、ご自身が心身の疾病のため、後日、判断能力や字を書く能力に疑義が呈されるおそれがある場合などには、慎重に進めるなら公正証書遺言の活用を検討することは有益といえます。
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