2016-12-13 事業上の契約と「錯誤」
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
1 今回の事例 事業上の契約と「錯誤」
東京地裁平成28年5月27日判決
A社は、「加圧トレーニングに関する資格取得のための指導及び資格保有者の育成、指導、管理」などを目的する会社です。A社は、アンチエイジングサロンを営むB社との間で、「法人契約加圧トレーニングインストラクター養成講習」に関する契約を締結しました。
しかしB社は、同契約が、「錯誤」に基づくものであるとして契約の無効を主張しました。その理由の一つは、B社の代表者が、A社代表者の書籍を読み、加圧トレーニングを行うことにより成長ホルモンを290倍分泌させることはできるとの錯誤に陥った、という主張でした。
なお本件は、他に争点が多岐にわたりますが、本稿では上の点に絞りたいと思います。
2 裁判所の判断
裁判所は以下のように判断し、「錯誤」の主張を認めませんでした。
● B社の主張する錯誤は、契約締結に至る動機の錯誤であるため、契約締結においてその動機が表示されていた必要があるが、そのような事実は認められない。
● また、同契約は、B社が、営利を目的とする事業を遂行するために、A社との間で締結されたものである。
● そうであれば、B社は、取引の通念に照らし、同契約の締結・更新の際に、加圧トレーニングの成長ホルモンに対する効果がどのようなものかについて、調査・検討することは必要不可欠であった。
● よって、加圧トレーニングの成長ホルモンに対する効果に関する認識の誤りがあったとしても、事業を遂行する過程で契約を締結等する際に、当然に調査検討すべき事項を怠ったことによるものであって、重大な過失に基づく誤認である。
3 解説
(1)錯誤とは
民法では、契約の「要素」に「錯誤」があった場合、その契約等が「無効」となる、と定められています。
例えば、判例に表れた例としては、土佐犬の売買契約につき、買手が当該犬が全国横綱としての実績を有し即時試合出場可能な闘犬であるものと誤信したが、実際はフィラリア症に罹患して激しい運動ができる状態ではなかったという事実のもとで、売買契約に錯誤があったと認めた例があります。
なお契約の「要素」とは、その錯誤がなかったならば、本人はその契約をしなかったであろうと考えられ、かつ、普通一般人も、その契約をしなかったであろうと考えられるほどに重要なものと考えられています。つまり、契約内容の根幹をなすような重要な部分についての錯誤である必要がある、ということです。
(2)契約締結と事業者の調査義務
民法は、錯誤に陥った者に重過失がある場合には、無効を主張することはできない、と述べています。
この点、本件の裁判所は、営利を目的とする事業者が契約締結をする以上、契約の対象となるものの効果について調査して判断すべきことであって、調査検討を怠ったことには重過失がある、と判断しました。それで、事業者が事業上の契約において「錯誤」があったとしてその契約の効力を覆すことは現実にはハードルは高いと考えておくべきかと思います。
「営利を目的とする事業を遂行する者は、自ら調査検討して契約を締結する義務がある」という理屈は事業者にとっては厳しいように思えるかもしれませんが、事業者のリスク管理として銘記しておくべき点ではないかと思われます。
例えば、事業上の契約においては、特許実施契約のように自社の事業を大きく左右するような重要なものもあります。こうしたものであれば、弁理士や特許を扱う弁護士などの専門家に、その特許と自社の事業との関係、当該特許の無効理由などを調査・鑑定してもらうことは決して無駄なコストではないでしょう。
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