2013-10-01 懲戒解雇と理由の重大性
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
1 今回の判例 懲戒解雇と理由の重大性
東京地裁 平成24年11月30日判決
以下、案件の性質上事実関係の説明が少々長くなります。
X氏は、Y社の社内ネットワーク整備プロジェクトのメンバーとして、リーダーのZ氏から作業に必要なIDとパスワード(管理者権限)を付与されていました。この管理者権限は、作業の終了毎に返還することが予定されていましたが、実際には作業の都合上そのままX氏が保持していました。
その後Y社では整理解雇が進められ、これに関してX氏になされた退職勧奨についてX氏は応じませんでした。そして、Y社において他の退職者のメールシステム停止の必要が生じたことをきっかけにX氏が管理者権限を保持していることが判明し、役員A氏がX氏の管理者権限を抹消すべくパスワードの開示を求めましたが、X氏は書面が必要と述べて拒否し、上司B氏の説得にも応じませんでした。そこへ、人事総括統括C氏が来て再度退職勧奨の話を始めたため、X氏はB氏が出した管理者権限抹消の業務命令に応じない理由として退職勧奨に関する言い分を主張しました。
そこで、今度は代取専務D氏が赴いて、管理者権限抹消の業務命令に背いた場合は懲戒解雇になると告げ、管理者権限の抹消を求めましたが、X氏が応じなかったため、D氏と社長E氏は即日X氏に懲戒解雇通知書を手渡して解雇しました。
これに対し、Xが懲戒解雇は無効であるとして訴訟を提起したのが本件です。
2 裁判所の判断
裁判所は、以下のような理由から解雇を無効と判断しました。
- 懲戒解雇の根拠とした就業規則の「正当な理由なく業務命令を拒否したとき」に該当するためには、ある行為が形式的に該当しているだけでは足りず、その性質・態様等に照らし重大な業務命令違反であって、Y社の企業秩序を現実に侵害するかその現実的・具体的な危険性があることが必要である。
- この点、X氏が業務命令に違反した背景には、退職勧奨の話を持ち出されて感情を高ぶらせたという面があり、Y社としては別途Z氏に管理者権限の抹消を指示すればX氏と第三者の不正アクセスを防止できたから、この時点でX氏の業務命令違反が社内ネットワークのセキュリティ確保にとって現実的かつ具体的な危険性があったとはいえない。そうすると、懲戒解雇事由には該当しない。
3 解説
(1)就業規則該当性と懲戒解雇の妥当性の判断
ある社員の問題行動が会社として看過できないと思われる場合に、とりわけ他の社員に与える影響を考えて、会社の姿勢を明確に示すために懲戒解雇を選択したいという経営者の声はよく聞かれます。しかしながら、実際の裁判所の判断をみると、予想以上に厳格なレベルが要求されていることに驚かれるかもしれません。
一部の方々は、ある従業員の行為が就業規則の懲戒解雇事由に該当すれば有効に懲戒解雇ができると考えているようですが、実際はそうではありません。
懲戒解雇は労働者にとって最も厳しい制裁罰であるため、裁判所は、ざっくりとした言い方をすれば、就業規則に形式上該当するのみならず、根拠となる事由の内容が処分の重さに見合うものでなければならないと考えています。、
この点、今回の事例でも、就業規則の懲戒解雇事由に形式上業務命令違反が含まれているとしても、裁判所はさらに踏み込んで、就業規則の文言を「重大な業務命令違反」等場合に限定解釈し、X氏の行為が、今懲戒解雇しなければならない合理性があるのかという観点から慎重に判断したわけです。
(2)手続面の慎重性・性急な進行のリスク
解雇紛争においては、裁判所は、内容面だけでなく、手続面として、必要な手順が踏まれたかも重視しています。
この点本件では、昼ころX氏に業務命令が出され、同じ日の午後6時ころには懲戒解雇通知書が渡されたという急激な展開である点や、X氏が管理者権限を保持していたのは上司Z氏の指示によるのにX氏だけが懲戒解雇されたという不均衡も問題とされました。
それで、実際問題としても、会社が行った解雇が後に裁判で結論が覆されてしまった場合には、他の社員に及ぼす影響という点でもマイナスになり得ることも考えると、原則として、ある程度時間をかけて必要な手続を踏んでいくことは重要と考えられます。
多くの場合、業務態度などに問題のある社員は突然問題社員となるわけではなく、長期間にわたって問題を繰り返すものです。ですから、ある社員について将来解雇の可能性も考えざるをえないという状況になった場合、早い段階から折々において労働紛争に通じた弁護士に相談し、各時点での解雇を裁判所がどう判断するかといった見解も聞きつつ、他方で改善の機会を与えるための指導、注意、軽度の懲戒処分を踏み、その上で改善が見られずやむをえず解雇を選択せざるを得ないのであれば十分な事由の存在(立証可能性も含め)を確認の上適切なタイミングと手続のもとに実行する、といった慎重な対応が望ましいと考えられます。
なお、本件は実質的には整理解雇に絡んだ労働紛争であるところ、本稿の解説は、この整理解雇に絡んだ側面は捨象しています。この点ご留意ください。
参考ページ:労働法解説 https://www.ishioroshi.com/biz/kaisetu/roumu/index/
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