5.1.6 均等侵害(均等論)〜特許侵害の諸問題
均等侵害の概要
特許権の侵害の考え方と均等論の問題意識
特許侵害の概要のページで申し上げたとおり、原則として、特許発明の侵害となるためには、ある行為が、特許クレームに記載されたすべての構成要件を満たす必要があります。
つまり、ある特許権の発明が、A~Eの5個の構成でなっている場合に、別の製品がその特許権の侵害といえるためには、その製品が同様にA~Eの構成すべてを充足する必要がある、ということが原則となります。
この点均等論は、上の原則に対する例外の一つです。
均等論の問題意識は、他社が特許発明とほとんど同じ構成でありながら重要ではない構成が僅かに異なる製品を製造しており、しかも特許発明と同じ効果を奏しているというケースで、これが特許侵害として問えないのはおかしいのではないか、という点にあります。
なおもう一つの例外は「間接侵害」ですが、この点については「間接侵害の解説ページ」をご覧ください。
均等論の考え方の基礎
例えば、架空事例として、分説すると以下のようになる特許請求の範囲を持つ「消しゴム付き鉛筆」という発明を考えます。
A 黒鉛を含んだ細長い形状の芯と
B 前記芯が挿入され固定された六角柱状の軸でなる鉛筆本体と
C 筆本体の後端部に設けられ
D 鉛筆本体による筆記を消去する
E 塩化ビニール樹脂製消しゴムと
F でなることを特徴とする鉛筆
ここで、この特許が出願された時点では、消しゴム付き鉛筆は世の中に存在せず、世の中に知られていなかったとします。他方、消しゴムについては、塩化ビニール樹脂製消しゴムのほか、ラバー製の消しゴムなどがあることは広く知られていたとします。
この場合、他社がラバー製の消しゴムを後端部につけた鉛筆を製造しても、特許請求の範囲の文言上は、この特許には抵触しません。しかしこの場合には、均等侵害として、この特許権の侵害となる可能性が相当程度存在すると考えられます。
均等論の要件
均等侵害の要件のアウトライン
まずは簡単に申し上げると、均等侵害の要件は、一般に、以下のとおりとされています。
ア 相違部分が特許発明の本質的部分ではないこと(非本質的部分要件)
イ 相違部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること(置換可能性要件)
ウ 相違部分のように置き換えることに、当業者が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであること
(置換容易性要件)
エ 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではないこと(非公知技術要件)
オ 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないこと(特段の事情要件)
この点、上の架空事例との関係で「ア」について考えてみます。上の架空事例における「相違部分」は、消しゴムが、プラスチック製か(特許請求の範囲)、またはラバー製か(対象製品)です。
そしてこの場合、当該特許発明の本質的部分とはいえないと考えられます。それは、どの材料の消しゴムを使っても、鉛筆の後端に消しゴムを設けるという特許発明の課題の解決原理と同一の原理が採用されていると考えられ、かつ同一の効果を奏するといって差し支えないからです。
均等侵害に関する裁判例
以下、均等侵害が問題となった事例の一部についてご紹介します。
注射液の調製方法事件(大阪地裁平成11年5月27日判決)
原告の発明は薬剤の調製方法についてのものであるところ、その発明の構成には、注射器中の薬剤を容器に注入する際に、注射器を「前端部を上にしてほぼ垂直に保持された状態」で行うというものが含まれていました。他方、被告発明の調製方法では、「注射器の針先を水平よりわずかに上向きに保持した状態」で行うというものであり、この点は相違していました。
裁判所は、まず1個目の要件(非本質的部分)については、原告の発明が、「注射器のピストンを『ネジ機構によりゆっくりと押すことにより敏感な薬剤を簡易に調製する方法』に特徴的部分があるとし、上の相違部分は、本質的部分であるとはいえない、としました。
また、2個目の要件(置換可能性)について裁判所は、「ほぼ垂直に保持された状態」は、注射液を調製する際に針先から液が漏れないようにする点にその技術的意義があるところ、被告の方法である「水平よりわずかに上向きに保持した状態」においても同一の作用効果を有するものであるから、置換可能性があると判断しました。
更に裁判所は、他の要件も肯定し、結論的に均等侵害を肯定しました。
中空ゴルフクラブヘッド事件(知財高裁平成21年6月29日中間判決)
原告の特許発明は「中空ゴルフクラブヘッド」というものであり、その構成の一つに、 金属製の外殻部材の接合部(11)に貫通穴を設け、貫通穴を介して繊維強化プラスチック製の縫合材(22)を、金属製外殻部材(11)の繊維強化プラスチック製外殻部材(21)との接着界面側とその反対面側とに通して繊維強化プラスチック製の外殻部材と金属製の外殻部材とを結合した」というものがありました。なお、番号は、下図の符号です。
他方、被告製品では、透孔(7)を介して炭素繊維からなる短小な帯片(8)を、金属製外殻部材(1)の上面側のFRP製上部外殻部材(10)との接着界面側とその反対面側に通して、FRP製上部外殻部材(10)と金属製外殻部材(1)とを結合してなるという構成であり、この点は原告特許発明と相違していました。
この点で裁判所は、相違部分である「縫合材」について、本件発明において貫通穴に通す部材が縫合材であることは,本件発明の本質的部分であるとは認められないとして、1個目の要件である置換可能性要件を肯定しました。更に裁判所は、他の要件も肯定し、結論的に均等侵害を肯定しました。
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