ポイント解説~債権回収・債権保全
新規取引開始時の債権管理
新規取引段階では、特に慎重な検討が必要です。新規取引候補者の信用の調査、取引量と取引条件の決定、契約書の内容について、検討します。
取引先当事者は誰かを確認する
個人であるのか法人であるのかまず確認します。相手方の名称が個人名とは異なっており、法人のように見えながら、単に屋号であることもあります。この場合、取引の相手方は個人ということになります。
信用調査の方法
以下のような情報源から調査ができるか否か検討します。
(1)官公署で入手可能な資料
法人登記簿謄本、不動産登記簿謄本等。詳しくは次の項で解説します。
(2)公刊されている資料
会社年鑑、会社総監、会社四季報、会社要覧、信用録、紳士録、有価証券報告書、日経NEEDSなどのデータベース
(3)同業者、組合、商工団体
同業者のその会社に対する評判(詳しくはここをご覧ください。)、業界でのシェア、業界全体の動向を知ることができる場合がある。
(3)その会社の取引先
取引状況、支払状況、取引年数、その会社の評価をを知ることができる場合がある。
(4)興信所
(5)決算書の検討
詳しくは、ここをクリックしてください。
商業登記簿の確認
相手方が法人の場合、商業登記簿謄本をチェックします。商業登記簿は情報の宝庫です。以下のような事項を確認するとよいでしょう。
- 商号、本店所在地 照合、目的、役員の変動が激しい場合、注意が必要です。
- 資本金 おおよその会社の規模が分かります
- 会社設立年月日 設立間もない会社かどうかが分かります
- 目的欄 取引の内容が相手方の事業目的となっているかどうかを確認します。もし、申し込まれた新規取引が、その会社の本来の目的からかけ離れていれば、問題のある取引であるかもしれません
- 債権譲渡の登記 債権譲渡の登記がされている場合には、いつ、どこに、どの程度の債権の譲渡がなされたかを知ることができます。譲渡先によっては、注意が必要でしょう。
- 役員欄 役員の交替が激しい場合、注意が必要です。
- 本店、支店所在地、代表者の住所 ここの住所の記載からさらに不動産登記簿謄本を取ると、不動産の状況が分かります。本店所在地の土地・建物が自己所有かどうか、自己所有として、担保の有無、金額が分かります。また、代表者個人についても同様のことが分かります。
不動産登記簿の確認
相手方の本店所在地又は代表者個人の住所から、その所在地の不動産の状況を調べることができ、以下の事実を知ることができます。
- 土地建物が自己所有かどうか
- 抵当権、地上権、賃借権などの第三者の権利が設定されていないか。その第三者は、街金融や素性不明の個人又は会社か
- 所有権移転請求権仮登記、「差押」「仮差押」がないか
- 税務署の滞納処分(差押)等かないか
会社、従業員の様子
会社・従業員についての様子・評判は、会社の状況を知る重要な手がかりとなります。以下のような点での評判は、参考になることがあります。
(1)経営者について
- 事業経歴、経験年数
- 人柄(冷静さ、責任感)
- 能力(判断力、洞察力、決断力)
- 年齢、健康状態
- 倒産歴(経営能力に問題がないか)
- 事業への傾注度(政治活動、遊興その他本業に直接関係のない活動等に過度に傾注していないか。会社の状態を把握しているか)
- 個人資産の有無、内容
- 不在がちか
(2)職場、従業員について
- 接客態度、職場の雰囲気(表情、電話の声に活気があるか、社員教育の程度、清掃されていない、在庫が整理されていない)
- 従業員定着率(入社してすぐやめるような会社か、有能な中堅社員の大量退職があるような場合、問題があることが少なくない)
- 就業規則が明文化されているか
(3)取引状態について
- 仕入れ条件、販売条件、決済条件が異常か
- 仕入源、販売ルートの調査
- 取扱商品の競争力、将来性
- 在庫の状況(数量、金額、不良在庫)
- 設備(遊休設備、過剰設備、老朽化の有無)
決算書のチェック
1)検討事項の例
- 貸借対照表における資産に対する負債(特に借入金)の比率(高いければ高いほど要注意)
- 損益計算書における粗利益率(業界の一般的水準よりも低い場合検討が必要)
- 損益計算書における営業利益(営業利益が赤字の場合、本業で儲けが出ていない)
- 営業外損益としては支払利息を見る
2)比較損益計算書、比較貸借対照表の作成
過去三期分以上の決算書が入手できた場合、比較損益計算書・比較貸借対照表を作成し、過去からの推移を見ると、多くの情報が得られます。
- 売上高が停滞したり、減少していないか
- 経常利益が急に減少していないか
- 販売コストの急増や金利の負担増がないか
- 売上高の伸びをこえて未収の売掛金等が増加していないか
- 割引手形・買掛債務が急増していないか
- 手元流動資金が急に減少していないか
取引先の危機発生時における債権保全
取引先の信用状態が悪化している兆候をどのように見分けられるでしょうか。兆候が見られるなら、取引条件を見直したり、場合によっては取引を停止し、債権の保全を行う必要が生じます。
危機を示す兆候
- 社長の病気
- 社長、経営幹部の銀行回り
- 社内の経営陣の対立、役員、幹部社員の辞職
- 役員が経営状態を説明できない
- 従業員の大量解雇
- 経理担当者の長期不在(逃げている可能性あり)
- 租税、社会保険料の滞納
- 販売不振と在庫状態の悪化
- 取引量の急激な変化(急増なら取込み詐欺の可能性あり)
- 商品のダンピング(資金繰りに窮している可能性あり)
- 商品の買い急ぎ(負債が増える)
- 在庫内容と会社の本来の営業目的が異なる
- 不良品・クレームの増加
- 主力仕入先、取引銀行の変更、メインバンク不在
- 主要取引先、大口取引先の倒産、多額の不良債権の発生
- 主要資産の処分
- 決済日等取引条件が急変する
- 手形のサイトが長くなる。手形の支払日が遅れる( 資金不足)
- 問題のある手形裏書人、高利の街金へ手形が回る(融通手形の可能性)
- 手形のジャンプ
- 不動産担保設定の増加、不動産価格以上の担保設定
- 第三者からの仮差押、税務署等からの差押
- グループ会社の赤字
危機の兆候への対処
1)事情聴取
その取引先から、以下のような点を中心に、事情を説明してもらいます。
- 財務状況を示す資料の提出
- 他の取引先との関係、取引内容、取引銀行
- 担保となりうる資産の有無、内容
- 代表者の個人資産の有無
- 今後の営業の見通しを聞きます。
2)方針の決定
取引を継続するか、取引を打ち切って債権回収に力を注ぐかを、この事情聴取の結果から決定します。
3)取引継続の場合の注意点
危険な兆候を示すものの、取引を継続する場合でも、以下のような注意をするとよいかもしれません。
- 契約書がなければ、契約書を作成する。すでに契約書があれば、より有利な条件への変更を求める。
- 決済条件、支払期日等を、より有利な条件に変更する
- 与信額を増加させず、現状維持、又は徐々に縮小する
- 現金取引を増やし、それが不可能な場合には手形に変更してもらう
- 担保の提供を求める(詳しくは4)を参照)
- 代表者の個人保証を求める
- 代表者以外の保証人を求める
- 公正証書の作成を求める
- 商品売買契約に所有権留保特約を付す
4)担保取得
効果的な担保取得方法の一部です。
- 不動産(抵当権などを設定するのが一般的だが、代物弁済予約を使えば、競売などの手間と費用をかけずに回収が可能)
- 債権(売掛金、請負代金などの債権も担保となる。譲渡担保の設定を受けることができる。その債権が譲渡禁止債権であれば代理受領を利用できる)
- 商品(あらかじめ、譲渡担保を設定してもらう。ある場所(倉庫など)にある商品全部に譲渡担保を設定してもらうことも可能で)
- 動産(貴金属、絵画など価値があるものがある場合、質権・譲渡担保を設定する)
- 保険金(保険金請求権、解約返戻金請求権などに質権、譲渡担保権の設定を受けることも可能)
債権回収の実践
危険な兆候が見られた段階で、また危険が表面化した段階で、債権回収の行動に出ることを決定することがあります。この場合、どんな方法があるでしょうか。
自社商品引き上げ
法律上は、「自力救済の禁止」の原則があります。これは、権利があっても、相手方の承諾がない限り、その行使は、裁判所など所定の手続を踏まなければならない、という原則です。それで、自社商品を引揚げる場合でも、相手方の承諾がなければ、民事上は不法行為に当たります。また、窃盗罪、建造物侵入罪等などの犯罪に該当する可能性もあります。
それで、一枚の紙に簡単な文言でよいので、自社商品を引き上げるに際し、「承諾書」をもらうことが必要です。
また、売買契約書、取引基本契約書を作成する時点で、特定の場合、商品引揚げを承諾し、そのために商品の所在場所に立ち入ることを承諾する条項を定めておくことも検討できます(ただしその条項があったとしても、上記の「承諾書」をもらっておくべきです。
相殺による回収
自社が、相手方への債務(借入金、買掛金など)を負っているなら、自社の相手方への債務と、自社の相手方への債権を相殺し、債権の回収を図ることができます。相殺するには、内容証明郵便で、通知をします。
また、関連会社が相手方に債務を負っている場合、自社の相手方に対する債権を、その関連会社に譲渡し、その関連会社が相殺する、という方法もあります。
仮差押
1)仮差押とは
通常、差押などの強制執行をするには、公正証書がない限り、裁判を起こして時間をかけて判決を得る必要があります。しかし、この間に債務者が、財産を隠匿したり、処分する可能性があります。そうすると、時間をかけて裁判を行っても、結局債権の回収がされなくなる可能性があります。
この場合、裁判所に「仮差押」の申立を行い、裁判所が認めてくれれば、裁判を起こす前に、債務者が財産を処分することを防ぐことができます。
2)仮差押の債権回収効果
仮差押は、本来裁判を経た後の強制執行のための準備として行うものですが、実際は、仮差押だけで債権を回収できるケースもあります。
例えば、債務者が、売買代金、請負代金等の債権仮差押を受けると、期待していた入金がなくなり、資金繰りに窮することになります。不動産の仮差押であっても、例えば債務者が不動産業者れば商品を動かせなくなってしまいます。それで、債務者が、債権者に、仮差押の取下を求め、全部又は一部弁済を申し出る、という結果になることがあります。
この場合、必ずしも全額回収にこだわらず、一定の割合の回収で譲歩する必要があることが多いといえます。それは、債務者としては、全額の回収を受けるくらいなら、交渉のメリットがないからです。
そして、仮差押取下げとの引換え条件として、担保を要求する、社長の個人保証を求めるなど、有利な条件を持ち出す機会です。
倒産について、会社役員に対する責任追求できるか
会社と個人は法的に別個の存在ですから、役員が保証人になっているという事情がない限り、会社が倒産したからといって、社長や取締役など役員個人に対して責任追及をすることはできなのが原則です。
しかし、例外として、会社法429条1項(旧商法266条の3)によって、取締役がその職務を行うにつき悪意又は重過失があるときは第三者に対する損害賠償責任を負うことがあります。詳細は、会社役員の法律をご覧ください。
法律相談等のご案内
弊所へのご相談・弊所の事務所情報等については以下をご覧ください。
メールマガジンご案内
弊所では、メールマガジン「ビジネスに直結する判例・法律・知的財産情報」を発行し、比較的最近の判例を通じ、ビジネスに直結する法律知識と実務上の指針を提供しております。 学術的で難解な判例の評論は極力避け、分かりやすさと実践性に主眼を置いています。経営者、企業の法務担当者、知財担当者、管理部署の社員が知っておくべき知的財産とビジネスに必要な法律知識を少しずつ吸収することができます。 主な分野として、知的財産(特許、商標、著作権、不正競争防止法等)、会社法、労働法、企業取引、金融法等を取り上げます。メルマガの購読は無料です。ぜひ、以下のフォームからご登録ください。
バックナンバーはこちらからご覧になれます。 https://www.ishioroshi.com/biz/topic/ |
ご注意事項
本ページの内容は、執筆時点で有効な法令に基づいており、執筆後の法改正その他の事情の変化に対応していないことがありますので、くれぐれもご注意ください。