株式譲渡の解説~事業再編・M&A
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本稿では、会社・企業再編・M&Aの方法のうち、中小企業のM&Aにおいて最も多く利用されている方法である株式譲渡について解説します。
株式譲渡とは
株式譲渡とは、売却企業の株主が、その保有株式を買手の企業に譲渡します。買手企業は株式の対価として現金を支払うという方法です。
この方法は、売却企業の株主が変更するだけなので、法人としての当該企業に何らの変化はなく、会社の権利義務、資産、取引先との契約関係、従業員との雇用関係等はすべてそのまま存続します。
株式譲渡のメリット・デメリット
株式譲渡の方法による方法にはどんなメリットとデメリットがあるのかを見ていきたいと思います。
売手側にとってのメリット・デメリット
まずは、売手側にとってどのようなメリット・デメリットがあるのかを解説します。
メリット:M&Aの手続が簡易・迅速
株式譲渡の方法は、基本的には対象企業の株式について、売手と買手で売買契約を結び、代金の支払とともに株式の移転を実行すれば足ります。それで、複雑で時間のかかる手続を行う必要性が少ないため、簡易・迅速に手続を完了させることができます。
メリット:現金を得ることができる
株式譲渡の方法は、株式を売却し、その対価として現金を得るというのが基本的な方法です。したがって、他の方法と異なり、株式譲渡によって、別の用途に活用することが容易な現金を得ることができます。
メリット:譲渡益に対する税率
株式譲渡によって譲渡益が生じた場合も、譲渡益に対する税率が低い (執筆時点では国税・地方税あわせて20%)、というのもメリットです。
デメリット:事業の一部の譲渡ができない
自社の事業のうち、残したい事業を残し、売却したい事業を売却するという目的は、株式譲渡だけで実現することはできません。事業譲渡か、会社分割と株式譲渡を組み合わせた方法を使う必要があります。
買手側にとってのメリット・デメリット
次に、買手側にとってどのようなメリット・デメリットがあるのかを解説します。
メリット:M&Aの手続が簡易・迅速
売手側のメリットと共通するメリットです。簡易・迅速に手続を完了させることができます。
メリット:権利移転・契約の移転に原則として相手方の同意が不要
先に述べたとおり、株式譲渡は、売却企業の株主(オーナー)は変わりますが、対象企業の主体や法人格に変化はありません。それで、従来の取引先との契約関係や従業員との雇用関係等がすべてそのまま存続し、契約締結のしなおしや契約の相手方の同意は原則として不要です。
ただし、取引先や融資先との契約、賃貸借契約によっては、その内容に、いわゆる「チェンジ・オブ・コントロール」条項(契約の相手方の主要な株主が変更になった場合に契約が解除できる条項)が含まれているケースがあり、この場合は留意が必要です。
メリット:許認可の承継等
許認可の内容にもよりますが、事業譲渡とは異なり、株式譲渡の場合、対象企業が得ている事業遂行上必要な許認可は、株式譲渡後も承継できる場合が少なくないといえます。
デメリット:事業の一部の譲受ができない
対象企業の事業のうち、一部のみを譲り受けたいという目的は、株式譲渡だけで実現することはできません。事業譲渡か、会社分割と株式譲渡を組み合わせた方法を使う必要があります。
デメリット:現金の用意が必要
株式を譲り受ける場合、通常は、譲渡を受けるための資金を調達する必要があります。
デメリット:簿外債務等負担のリスク
対象企業に簿外債務・偶発債務があり、デュー・ディリジェンスの段階で把握できないものがある場合、これらが顕在化するリスクがあります。
この場合、株式譲渡契約等によって売手側に負担させることができる場合はありますが、最終的に買手側が負担せざるを得ない事態を想定する必要があります。
株式譲渡の手続
株式譲渡の手続・手順は、一般に以下のとおりです。期間としては、ケースによりまちまちですが、3か月~12か月といわれています。
なお、通常は、以下に述べる以前の段階として、買手探し(又は売手探し)とマッチングの作業が必要ですが、本稿では省略します。
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経営者面談の実施
売手と買手双方が、案件に興味を示し、先に進めることを検討したい意向を持つ場合、通常は経営陣(経営者)間で会合を持ち、双方が相手方に対する経営方針や基本的な条件について疑問点をぶつけ、かつ意見を交換します。
「意向表明書」の交付
前記の面談等の結果、相互にある程度疑問が解消され、また、大筋の条件が双方が想定する範囲に収まりそうな場合であって、買手がさらに話を進める意向を持つ場合、売手に「意向表明書」と呼ばれる書面を交付します。
この中で、買手が考える買収方法、買収価額、その他の基本的条件を提案します。 また、以下のような内容を含めるか否かを検討します。
- 取引の概要・スキーム
- 暫定的なバリュエーション(評価額)とその前提条件
- 買収資金の調達方法
- 買収の目的・取引実行後の戦略
- マネジメント・従業員の処遇についての考え方
「基本合意書」の締結
売手と買手が意向表明書に記載された内容その他の基本的な条件に合意した場合、この合意条件を明記した「基本合意書」を締結します(いわゆる「基本契約」の締結)。
また、基本契約の締結とともに、多くのケースでは、買手が当該売手と独占的に交渉することができる独占交渉権を得るとともに、独占交渉期間なども合意され、書面に明示されます。
具体的には、以下のような内容を含めるか否かを検討します。また、基本合意書の段階では、合意項目について法的拘束力がないとし、独占交渉権、秘密保持、合意管轄裁判所等の条項に限定して法的拘束力を認めることが一般的です。
- 取引の概要・スキーム
- 独占交渉権の確認と独占交渉期間
- 対象企業や売主によるデューデリジェンスへの協力
- クロージングに向けたフロー(デュー・デリジェンス、最終契約の締結、クロージング)とスケジュール
- 暫定的なバリュエーション(評価額)とその前提条件
- 買収の目的・取引実行後の戦略
- マネジメント・従業員の処遇についての考え方
- 秘密保持規定
- 合意管轄裁判所
- 法的拘束力を認める規定とそうでない規定の特定
デューデリジェンスの実施
基本合意が締結された後、買手側が依頼する専門家により、デューデリジェンス(買収調査)が行われます。一般的には公認会計士・会計事務所による財務面での調査、弁護士・法律事務所による法務調査(リーガル・デューディリジェンス)が実施されます。
会計事務所による調査は、妥当な買収価格の算定(事業価値の把握)、今後の収益性、コスト等の分析、簿外債務等のリスクの洗い出しを中心に行われます。
弁護士・法律事務所による法務調査は、最適なスキームの検討、売手の株式保有状況と有効性、設立から現在までの法令遵守の状況と瑕疵の有無・程度、組織上・取引上無効とされる行為の有無、取引や契約に含まれるリスク、権利関係の有無と瑕疵の可能性、訴訟や紛争のリスク、知的財産の有無と有効性、その他簿外債務の可能性等、多岐にわたります。
買手は、これら専門家から、デュー・ディリジェンスの報告について書面で報告を受けることが一般です。その上で、買収価格、当該株式譲渡によるM&A取引実行の可否、条件等につき判断します。
条件の最終交渉
デュー・ディリジェンスを経て買手が決定・提案する条件につき、売手と買手との間で詰めの交渉を行います。
「株式譲渡契約」のための契約交渉と締結
株式譲渡契約書を巡る交渉と締結
詰めの交渉がまとまり、すべての条件が合意できると、最終的な条件や内容を取り決めた「株式譲渡契約書」(SPA)を作成し、締結します。
ここで、具体的な契約書のドラフトが提示され、条件交渉では触れられていなかった詳細な条件や、契約書の規定ぶりについて交渉します。
なお、株式譲渡契約書の最初の案(イニシャル・ドラフト)については、売主側が作成する場合、買主側が作成する場合があります。
タームシートの利用
また、契約交渉をスムースに進めるためのツールとして、「ターム・シート」が用いられることがあります。
ターム・シート(Term Sheet)とは、通常は表の形式で、契約の主要条件を項目別にまとめた一覧をいいます。ターム・シートを用いた契約交渉については、交渉事項が明確になるとともに、契約書ドラフトをやり取りする場合に生じる形式面での修正交渉ではなく契約条件の交渉に集中して用いることができるというメリットがあるとされています。
クロージング・取引実行
「最終譲渡契約書」の締結後、双方で決済日までに所定の準備を行います。
ほとんどの中小企業は、株式の譲渡について会社の承認を要すると規定していますので、売手側は、株式譲渡について会社の承認(取締役会又は株主総会)を得ます。また、株券を発行している会社の場合、株券を用意し、その他会社代表印や印鑑登録カード、通帳類等を引き渡します。
買手側も、当該株式譲渡が、取締役会の承認を得る必要があるケースでは、承認を得る等の手続を行います。また、決済日までに譲渡資金を用意します。
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