海外訴訟への対応
海外訴訟での管轄を争う方法
海外で訴訟を提起された場合に争う方法の一つは、当該外国にはその事件について管轄がないとして争うことです。
例えば米国などの海外ではいわゆる「フォーラム・ショッピング」(法廷地漁り)といい、事件との関係を考慮せずに原告が自己に有利な裁判地を選ぼうとすることが少なくありませんから、管轄を争うという武器は、日本国内での訴訟に比べてもより検討の必要性が高いと考えられます。
また米国のように、「ディスカバリー」といって、訴訟の途中で、事件に関するあらゆる書類・証拠を、相手方に開示するという手続がある場合があります。このディスカバリーによって、自社のあらゆる情報が相手方に明らかになってしまうというのは、自社に甚大なダメージとなる場合があります。このような手続の回避を試みる意味からも、管轄について争う必要性を考える場合があります。
もっともこの管轄に関する主張は、当該法廷地国における国内法・判例によって判断されますので、詳細な内容は当該外国において訴訟を担当する弁護士が検討すべきことではあります。それで本稿では、日本の法制度にないものを中心に、管轄を争う方法の一部をご説明します。
フォーラム・ノン・コンビニエンス法理の活用
英国・米国・オーストラリアなど国によって内容は異なるものの、英米法系の国では、フォーラム・ノン・コンビニエンス(不適切な法廷地)という管轄を争う手段があります。
この「フォーラム・ノン・コンビニエンス」とは、当該裁判所に管轄があっても、利便性・公正さ・経済性等から、当該紛争を審理する上で他の裁判所が適切であり、かつ、より便宜な法廷地であると認められる場合に、訴えを却下することができるという法理です。
そして、一般的に、フォーラム・ノン・コンビニエンスの法理に基き訴えを却下できる否かは、以下の3点から検討するとされています。
- 原告の法廷選択に優先権を与えるべきか
- より適切な代替法廷地が存在するか
- 私的利益要因(証拠入手の容易性、証人出廷の容易性、判決の執行の可否等)と公的利益要因(裁判所の負担、法廷地の利益、その地域と無関係な裁判について市民に陪審員をさせることになるか)とのバランス
同一事件についての日本の裁判所への提訴
日本での対抗的訴訟提起を検討せざるを得ない理由
海外において訴訟の提起を受けた場合、これに対抗して日本での訴訟提起を検討する必要がある場合もあります。それにはいくつかの理由があります。これらの理由を比較衡量する必要があるでしょう。
外国企業であるというだけで不利になる要な場合
国にもよりますが、当該外国での裁判において、日本企業であること自体が不利な判断要素となってしまうことがありえます。
法制度の違いによる内外における責任の内容の差異
また、米国での懲罰的賠償に象徴されるとおり、ある同一の事件についても、当事者が負う責任の程度や内容に関する法規や判例には、国よって大きな差異があるという現状でも否定できません。この場合も、自社の正当な立場を守ることを考える必要があるというわけです。
コスト・外国における執行財産の存在
さらには、当該外国での訴訟のコストと、当該外国で執行され得る財産の有無なども考慮要素となります。米国での訴訟のコストは莫大であり、弁護士費用だけでも日本での訴訟よりも1桁~2桁多いことも珍しくありません。また、実際に当該外国で執行され得る財産がない場合、日本での防御に力点を置くほうがよい場合もあります。
国際訴訟競合に対する考え方
そしてこの時に問題となるのは、「国際訴訟競合」です。「国際訴訟競合」とは、同一事件につき、日本と外国双方の裁判所で訴訟が提起された場合に、日本国内の事件をどのように処理すべきかという問題です。
裁判例の紹介
実はこの問題に関してどのように判断すべきかについて、裁判例上も確立したものは明確でなく、学説においても通説的見解は存在しないという状況です。
判例を挙げれば、大阪地裁昭和48年10月9日判決(関西鉄工事件)があります。米国法人である製鉄会社Aが、日本の機械メーカーBより機械を購入して製品を製造していたところ、機械の使用中に従業員Cが負傷したため、Aが自らの所在地である米国の裁判所に、Bを被告として製造物責任に基づく訴訟を提起しました。これに対し、Bは、日本の裁判所に対し、債務不存在確認訴訟を提起しました。
このケースで、大阪地裁は、外国の裁判所において同一の権利・義務関係について争われている場合であっても、日本で訴訟を提起することは禁止されないと判断しました。
他方、東京地裁平成3年1月29日判決は、前記大阪地裁判決と類似の事案について異なる判断をしています。すなわち、米国における訴訟の判決との抵触の可能性、その訴訟進行状況、証拠が同国内に集中していること、及び外国法人である(日本での)被告会社の訴訟追行の不便性等を考慮し、我が国の国際裁判管轄を認めることが条理に反する特段の事情があるとして、我が国の国際裁判管轄権を否定し、訴えを却下しました。
改正民訴法の規定の検討
また、改正民事訴訟法3条の9は、「裁判所は、訴えについて日本の裁判所が管轄権を有することとなる場合・・においても、事案の性質、応訴による被告の負担の程度、証拠の所在地その他の事情を考慮して、日本の裁判所が審理及び裁判をすることが当事者間の衡平を害し、又は適正かつ迅速な審理の実現を妨げることとなる特別の事情があると認めるときは、その訴えの全部又は一部を却下することができる。」と規定しています。
それで、外国において同一の事件が競合して係属している場合には、他の事情によっては前記「特別の事情」に該当し、日本での競合訴訟について訴えが却下される余地もあると考えられます。
したがって、この問題については予測しにくい部分が多いことは確かですが、外国で訴訟提起を受けたからといって、日本での訴訟提起が許されないとは断定できないことも確かです。
ですから、慎重な検討を要するものの、自社の保護のために尽くせる手段の一つとして、海外で応訴するほかに、国内での訴訟提起についても検討の価値はあるものと考えられます。
外国判決の承認・執行の問題
問題の所在
海外において自社に不利な判決が出て、確定してしまうということがあるかもしれません。この場合に、その判決が正当であればその判決に服すのは当然でしょうが、他方で、何らかの理由で当該外国判決が不当なものを含んでいる場合、その判決(又は不当な部分)に基づき日本国内で強制執行されることを防ぐことを検討する必要があるかもしれません。
外国の判決は当然には日本国内で執行できない
この点、外国の裁判所での判決は当然には日本国内で執行できないというのが現在の制度です。それは、外国の国家権力の一部である裁判所がその国家主権を行使できるのは、原則として、自国の領域内においてのみだからです。
それで、民事訴訟法118条においては、外国判決の承認という制度が設けられています。つまり、外国の判決を日本国内で執行する前提として、民訴法118条の要件を満たす場合にその判決が承認されるという制度です。
また、外国の判決を執行するには、国内裁判所の「執行判決」が必要となります(民事執行法24条)。なおこの執行判決の判断においては、国内の裁判所は、外国判決の当否を形式的にのみ審査します。
以下、外国判決の承認の要件についてもう少し詳しく見てみたいと思います。
外国判決の承認の要件
要件の概要
外国判決を承認するための要件は以下のとおりです。
- 外国裁判所の確定判決であること
- 法令又は条約により外国裁判所が管轄権を有すること
- 敗訴被告に防御の機会の確保があったこと
- 我が国の公序良俗に反しないこと
- 相互の保証があること
以下、各要件について見ていきます。
要件1~外国裁判所の確定判決であること
この要件は、民訴法118条本文柱書から導きだされるものです。まずここでいう「外国」とは、判決確定時において、日本以外の国のことです。
またこの外国判決は、「確定」していなければなりません。つまり、判決が出された国において、通常の不服申立方法が尽くされ(又はその機会が行使されず)、通常の訴訟手続が終了していることが必要です。
要件2~外国裁判所が管轄権を有すること
これは民訴法118条1号の規定よる要件です。この場合の「管轄権を有する」とは、当該外国の法令に照らした管轄権ではありません。むしろ、我が国の国際裁判管轄の規定に基づき、当該外国の裁判所が適法に管轄権を有するか否かを判断するというのが、判例の一般的考え方です。
実際、最高裁平成10年4月28日判決は、この「外国裁判所の裁判権が認められること」とは、「我が国の国際民事訴訟法の原則から見て、当該外国裁判所の属する国がその事件につき国際裁判管轄を有すると積極的に認められることをいう・・。具体的には、基本的に我が国の民訴法の定める土地管轄に関する規定に準拠しつつ、個々の事案における具体的事情に即して、当該外国判決を我が国が承認するのが適当か否かという観点から、条理に照らして判決国に国際裁判管轄が存在するか否かを判断すべきものである」と述べています。
この点、事案の性質に照らせば日本国内での訴訟が適切と思われるケースでも、ある外国法の「過剰管轄」ともいえる規定によって外国での管轄が認められ、十分な防御の機会がないまま外国で判決がなされるというものもあります。このようなケースでは、外国判決における要件2に該当しないことを強く主張できるかもしれません。
要件3~敗訴被告の保護
これは、民訴法118条2号に定める要件です。この要件は、敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達がなされておらず、また、応訴もしていないため外国における訴訟手続開始について、被告に対する手続上の適切な保護がなされず、被告の防御の機会が不十分なまま被告が敗訴した場合には、当該外国判決は承認されないというものです。
「呼出し若しくは命令の送達」
この点、同号に定める「訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達」に関して、判決国と日本との間に送達に関する条約が締結されているにもかかわらず、同条約が定める方法によらないで訴状や訴訟書類が送達されたときは、同号の要件が満たされないと解されています。
例えば、米国などの法制度では、訴状の送達を裁判所が行わず、原告自身(又は代理人)が直接交付又は送付するという方式が認められていますが、この場合、民訴法118条2号の要件の充足性を慎重に検討し対応する必要があります。それで、外国の相手方当事者から訴状と呼出状のようなものを直接交付されたり、外国の法律事務所から送付されてきたようなケースでは、自ら素人判断で対応するのではなく、弁護士にすぐに相談すべきです。
例えば、外国の原告から日本の被告に対し、正式な外交ルートを通じた送達ではなく、訴訟書類が直接送られてきた場合があります。この場合、「正式な送達ではないから放っておいてよい」とは、すぐにはいえません。裁判所の中には、外国裁判所からの正式な呼出又は命令であることが合理的に判断でき、かつ、翻訳文が添付されていることから防御の機会が保障されているとして、民訴法118条2号の要件が満たされると判断したものもあるからです(東京地裁平成2年3月26日判決、東京高裁平成9年9月18日判決)。
被告の「応訴」
上記のほか、敗訴被告が、適式な呼出しや命令の送達を受けていなかった場合でも、「応訴」した場合には118条2号の要件を満たすことになります。
この点注意が必要なのは、この「応訴」は、「本案」(事件の中身)だけでなく、管轄違いの抗弁を提出したような場合も含まれると解されていますので注意が必要です(最高裁平成10年4月28日判決)。
要件4~我が国の公序良俗に反しないこと
以上の要件を満たしても、その判決が、日本の「公序良俗」に反する場合には外国判決は承認されません。一般に公序違反となるか否かは、(a)当該外国判決を承認・執行した場合に生じる結果の不合理性、(b)当該判決の事案と日本との牽連性から判断されます。
そしてこの「公序」には、判決内容に関する公序である実体的公序と、判決手続に関する公序である手続的公序があります。以下簡単に見てみることとします。
実体法上の公序
判決内容の公序という面で問題となるのはいわゆる懲罰的賠償です。
米国などでは、特許侵害訴訟や不法行為訴訟などのケースで、かつ一定の場合に、被害者の実損害額を大幅に超える懲罰的な賠償金の支払いが認められることがあります。
しかし一般に懲罰的損害賠償は、加害行為の前の原状に復させるという我が国の損害賠償制度の基本原則と相容れないことから、我が国の公序に反すると考えられています(最高裁平成9年7月11日判決)。
訴訟手続上の公序違反
訴訟手続上の公序違反が問題となることもあります。例えば、当該外国の訴訟手続では、裁判の公開の原則が保障されていなかったことなどが考えられます。
要件5~相互の保証があること
これは民訴法118条5号に定める要件です。すなわち、当該判決がされた外国においても、我が国と同等の条件で(民訴法118各号の要件と重要な点で異ならない条件で)、我が国の判決が承認されることが保証されていることが要件となっています。
この点で、過去の裁判例では、相互の保証がないことを理由に外国判決の承認を否定したものとして、中国(大阪高裁平成15年4月9日)や、ベルギー(東京地裁昭和35年7月20日判決)があります。
法律相談等のご案内
弊所へのご相談・弊所の事務所情報等については以下をご覧ください。
メールマガジンご案内
弊所では、メールマガジン「ビジネスに直結する判例・法律・知的財産情報」を発行し、比較的最近の判例を通じ、ビジネスに直結する法律知識と実務上の指針を提供しております。 学術的で難解な判例の評論は極力避け、分かりやすさと実践性に主眼を置いています。経営者、企業の法務担当者、知財担当者、管理部署の社員が知っておくべき知的財産とビジネスに必要な法律知識を少しずつ吸収することができます。 主な分野として、知的財産(特許、商標、著作権、不正競争防止法等)、会社法、労働法、企業取引、金融法等を取り上げます。メルマガの購読は無料です。ぜひ、以下のフォームからご登録ください。
バックナンバーはこちらからご覧になれます。 https://www.ishioroshi.com/biz/topic/ |
ご注意事項
本ページの内容は、執筆時点で有効な法令に基づいており、執筆後の法改正その他の事情の変化に対応していないことがありますので、くれぐれもご注意ください。