取締役の義務~代表取締役や業務担当取締役の監視・監督義務
代表取締役の監視義務とは
代表取締役を置く会社において、代表取締役が、独断的に、かつ違法・不当な権限を行使する、といったことがあるかもしれません。また大企業のように複数の取締役が担当業務を所管しており、それぞれの業務で不正な業務がなされる、ということもあります。
この場合、他の代表権のない取締役は、代表権がないからという理由でこれを放置することはできません。それは、代表権のない取締役も、代表取締役の業務執行を全面的に監視・監督する権限・義務を有しているからです。
監視義務・監督義務の考え方
基本的な考え方
取締役の監視義務として、取締役は取締役会に上程された事項に限らず、代表取締役やその他業務を執行する取締役の行為を監視する義務を負っています。
しかしこのことは、取締役はどこまでも限りなくあらゆることを監視するという意味ではありません。取締役会に上程されない事項の監督義務については、各取締役の立場に応じて程度が異なることになります。
例えば自己の所轄業務や部署なら、適法・適正な業務遂行について直接的に責任を負うことが多いと思われますが、全体的な統括をする代表取締役や、他の部署の取締役であれば、コンプライアンス体制や内部統制の体制の構築についての監視義務が果たされている限り、具体的な個々の業務遂行の不正や不適切性については、「疑念を差し挟むべき特段の事情」があれば具体的な措置を講じるべき、という考え方が基本になるのではないかと思われます。
以下、代表的な事例をご紹介します。
大和銀行事件第一審判決
大和銀行事件第一審判決(大阪地裁平成12年9月20日判決)は、ニューヨーク支店の行内不正により米国財務省証券の取引で11億ドルもの巨額損失を出した事件です。ここでは、長年不正が発覚しなかった理由として、証券が保管登録されている機関からの残高明細書を同支店の行員が偽造していたという事情がありました。
そして裁判所は、「取締役は、取締役会上程事項以外の事項についても、監視義務を負う」と述べつつ、個々の取締役の立場に応じ、以下のように判断しました。
取締役ニューヨーク支店長の責任
財務省証券の保管残高について直接保管登録機関に残高を確認せず、偽造した行員を経由して入手した残高明細書と帳簿を照合していたに過ぎず、この確認方法は著しく適切さを欠いていたとして、当時の取締役ニューヨーク支店長が任務懈怠の責任を負いました。
また、検査部担当取締役やニューヨーク支店担当取締役も同様に任務懈怠の責任を負うとされました。
頭取、副頭取の責任
大和銀行のような巨大な組織を有する大規模な企業においては、頭取又は副頭取が個々の業務についてつぶさに監督することは効率的・合理的な経営という観点から適当・可能でないとしました。そして、各業務担当取締役の業務執行の内容については疑念を差し挟むべき特段の事情がない限り、監督義務懈怠の責任を負うことはない、と判断されました。
その余の取締役の責任
その他の取締役も、取締役会上程事項以外の事項についても監視義務を負い、リスク管理体制の構築についてもそれが適正に行われているか監視する義務がある、とされました。
しかし、社内に検査部という専門の部署があること、しかし検査部が残高明細書と帳簿を照合するだけという基本的な過誤を犯すことを想定することは困難であること等の事情に鑑みれば、監視義務違反を認めることはできない、と判断されました。
ダスキン株主代表訴訟控訴審判決
ダスキン事件控訴審判決(大阪高裁平成18年6月9日判決)は、ダスキンが運営するチェーン店「ミスタードーナツ」において、食品衛生法上使用が認可されていない添加物が混入した大肉まんが販売されていたという不祥事とその対応につき、担当取締役だけでなく、代表取締役、他の取締役、および監査役の全員についても善管注意義務違反を肯定した、という事案です。
裁判所は、混入の事実がメディアが流される危険を十分認識しながら、あえて、『自ら積極的には公表しない』というあいまいな対応を決めたが、企業にとっては存亡の危機をもたらしうる結果を回避するために、発生した重大な違法行為によって会社が受ける信頼喪失の損害を最小限度に止める方策を積極的に検討することこそが、経営者に求められていたことは明らかであるのに、取締役らはそのための方策を取締役会で明示的に議論することもなく、『自ら積極的には公表しない』などというあいまいで、成り行き任せの方針を、手続き的にもあいまいなままに黙示的に事実上承認した、と判断しました。
つまり、取締役が社内で不正行為や不祥事が認識された後も、損害回避の方針の検討も対応も怠られたという点で義務違反が問われたわけです。
監視義務履行の方法
では、社内で不正行為や不祥事の可能性を認識した取締役は、どのような措置をとるべきでしょうか。具体的には、以下のような方法が考えられます。
- 取締役会に報告する
- 取締役会が開かれない場合、招集請求や自ら招集する
- 監査役(会)に報告する
- 会社の顧問弁護士に相談する
以下、それぞれの措置に関して問題となる論点を検討します。
取締役会等を通じた監督
開催された取締役会における職務
法令又は定款違反行為が、取締役会決議に基づいてなされることがあるかもしれません。あるいは、重大な問題があるのにあえて放置するなど取締役会において適切な対応が決定されないこともあります。
この場合、違法又は不適切な議案に反対し、かつ、議事録に異議がある旨を記載することが重要です。また適切な対応についての意見を述べるなども重要となります。
それは、違法行為が取締役会決議に基づきなされた場合、決議に賛成した取締役は任務を怠ったものと推定され、さらには議事録に異議があることを記載していなかった取締役は決議に賛成したものと推定され(会社法369条5項)、責任を追及されることになる場合があるからです(会社法423条3項3号)。
以上のような監督義務を果たさなかった場合、代表取締役の違法な業務執行について、その代表取締役のみならず、他の取締役が責任を負う場合があるので、注意が必要です。
取締役会を自ら招集する手段
また、取締役会設置会社の場合、他の取締役は、代表取締役や他の業務担当取締役の不正、違法又は不適切な業務執行に対しては、取締役会を開き、是正させるようにする義務があると考えられています。
そして会社法によれば、代表取締役に限らず、各取締役が取締役会の招集権限を持っています(会社法336条1項本文)。しかし、定款又は取締役会で、取締役会の招集権限を持つ取締役が定められている場合(多くの場合、代表取締役)、他の取締役はすぐに取締役会の招集ができません(会社法336条1項ただし書)。
この場合、他の取締役は、代表取締役(又は招集権限のある他の取締役)に対して、取締役会の招集を請求します。そして、この請求をした日から5日以内に招集権者たる取締役が取締役会を招集しないときは、招集の請求をした他の取締役が、取締役会を招集できます。
取締役会非設置会社の場合
取締役会非設置会社の場合、そもそも取締役会がないため、取締役会を通じた監視義務という観念がありません。しかしながら、だからといって、取締役の代表取締役に対する監視義務がなくなるとは考えにくいと思われます(私見)。それは、旧商法時代の判例が、取締役の監視義務が必ずしも取締役会に上程された事項に限らないことからです。もっとも取締役会非設置会社の取締役会の監視義務の有無やその内容等は、後日の議論の深化が待たれるところです。
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