システム開発契約の必要性と法的性質
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システム開発と契約書作成の必要性
ここでは、システム開発と契約書作成の必要性について考えます。また、以下では、サンプルを通じ、契約形態ごとに開発委託契約について解説しています。
システム開発にあたり、契約書の作成・締結は必要でしょうか。注文書や注文請書では十分なのではないでしょうか。
まず一般論からいっても、ビジネスにおいて大きな金額がかかわる、重大な取引を行う際に契約書を作成すべきといえます。そしてシステム開発のような場合、形のある物品の売買契約にに比べてもその必要性は高いといえます。
なぜなら、システム開発の場合、開発・納品するソフトウェアやシステムは「形にない」ものです。それで、契約締結の時点での開発内容、仕様や成果物等に関する発注者と受託者の間の認識の不一致が生じやすく、そのためトラブルに至ることも少なくありません。また、開発途中になされる発注者からの指示や要望が仕様変更か否か、当初の開発範囲か否かについての認識のが齟齬も生じがちです。
そしてこの点、必要な事項を取り決めた契約書は、そのような認識の齟齬を解消し、認識をすりあわせるための指針となり、紛争を予防したり早期に解決するための最重要な基礎資料となります。
それで、システム開発の場合、開発対象物の内容、機能、仕様(可能な限り)、業務範囲、責任分担、検査方法、保証の内容、瑕疵担保責任、成果物の権利の帰属、保守の有無と内容など詳細な条件について、当事者間で認識をすりあわせ合意しておくべきであり、この点、契約書の作成・締結は必要といえます。
契約書の形式・スタイル・種類
基本契約と個別契約
システム開発の契約においては、「基本契約」「個別契約」方式での締結が行われることが少なくありません。
一般に基本契約とは、企業間で反復・継続して行われることを予定している商取引に共通して適用される規定をあらかじめ定めたものです。ここでは、開発成果物の権利の帰属、瑕疵担保責任の期間、検査方法、保証の内容などが規定されます。
他方、個別契約には、開発案件ごとの、個別の取引条件(成果物の対象、納期、納品場所その他)を決めることになります。いずれにせよ、重要なのは、各契約において、必要な事項を十分に規定することです。
開発フェーズごとの契約
開発フェーズごとの契約の概要
従来から多くのケースで採用されている開発手法は「ウォーターフォール」と呼ばれるモデルで、要件定義、基本設計(外部設計)、詳細設計(内部設計)、製造(プログラミング)、単体テスト、結合テスト、総合テスト、運用テストといった工程を経ることが一般的です。
そして、契約書、特に個別契約の場合、開発工程全体を網羅した契約のほか、フェーズごとに契約書が作成されることも珍しくありません(特に規模が大きい場合)。
その理由の一つには、各工程の作業について若干法的性質が異なることにあります。そして、多くのケースでは、要件定義は「準委任」という性質、製造(プログラミング)以降は「請負」という性質があると考えられ、設計については両方がありうると考えられています(もちろんあくまでも一般論です)。こうした法的性質の違いが、フェーズごとの契約についての一つの法的な根拠づけといえます。
なお、システム開発契約における「請負」と「準委任」の詳細は、こちらのページをご覧ください。
開発フェーズごとの契約の利点
また、実務的観点でも、このような段階的契約には一定のメリットがあります。特にベンダ側にとっては一定の利点があります。ひとつは、開発全体の規模が見えない段階で、見積額を確定させることによるリスクを回避できることにあります。
すなわち、大規模な開発の場合、初期のフェーズでは開発全体の範囲、規模、内容が見えず、金額も算定しがたい場合があります。そのため、上のようなリスク回避のためにフェーズごとに契約が締結されることがあるわけです。
また、ベンダー側では、フェーズごとに費用の請求ができ、資金繰りの観点からもメリットがあると考えられます。
加えて、フェーズごとに個別契約を締結する場合、要件定義や基本設計によって開発の対象が特定されるため、成果物の完成未完成にあたって万一紛争が生じた場合などに重大な論点となりうる「開発対象の特定」という点が比較的容易にクリアされることがあります。
開発フェーズごとの契約のデメリット・リスク
しかし、発注者側が、ベンダー側から示された提案書の金額で社内決裁を得たのに、フェーズごとの契約締結によって、ベンダー側のからの金額が増加し、提案書の金額と大きな差が出てくる、というケースがあり、これが障害となることがありえます。当然ですが発注者(ユーザー)の立場からみれば、システムの導入にあたって、全部についての予算を取りたいと考えるからです。
そこで、発注者(ユーザー)側としては、こうした金額の差異が生じうることについて、予め社内の理解を得ておくか、あるいは全フェーズを網羅した一括契約を求めるか、または契約その他のドキュメントでベンダー側とすりあわせておく必要があります。
システム開発委託契約における「請負」と「準委任」
もう1点、システム開発委託契約において重要な概念があります。システム開発委託契約には、大きく分けると、「請負契約」と「準委任契約」があるといわれています。これらは一体何を意味するのか、アウトラインをご説明します。
なお、以下では、サンプルを通じ、契約形態ごとに開発委託契約について解説しています。あわせてご覧ください。
「請負」と「準委任」の概要
請負契約とは何か
請負契約とは、請負人が仕事を完成させる約束をし、請負人の仕事の完成に対し、注文者がそれに対して報酬を支払うという契約を意味します(民法632条[カーソルを載せて条文表示])。
つまり、請負契約においてはベンダーは、仕事の完成義務を負うことになり、成果物に瑕疵があった場合は、瑕疵担保責任を負うことになります。ざっくりとしたイメージとしては、工務店が家を建てる、というイメージです。
システム開発のフェーズでいうと、製造(プログラミング)の段階は請負契約であると考えられます。また設計のフェーズについては請負、準委任いずれもありえます。
準委任契約とは何か
準委任契約とは、委託者が受託者に対し、ある事務作業自体を委託するという契約です。なお、委任契約は、法律行為の委託であり、準委任契約は法律行為以外の事務の委託の場合です。
準委任契約においては、ベンダーは、「善良な管理者の注意」という水準で委託された業務を遂行する義務を負います(民法644条[カーソルを載せて条文表示])。他方、受託者には仕事完成義務そのものはないため、原則として瑕疵担保責任を負いません。ざっくりとしたイメージとしては、医師の診療行為というイメージです(適切な方法で治療すれば、結果には責任を負わない)。
システム開発のフェーズでいうと、要件定義は準委任契約であることが多いと考えられます。また設計のフェーズについては請負、準委任いずれもありえます。
では、「請負」と「準委任」で、システム開発に関する法律関係はどのように異なってくるのでしょうか。以下重複もありますが、大きなところをまとめてみます。
相違1~報酬請求権に関する相違
請負契約の場合
請負契約においては、前述のとおり、ベンダーは仕事の完成義務を負います。それで、特約がない限り、システムが完成したときに初めて、報酬を請求できます(民法632条[カーソルを載せて条文表示])。
他方、実務上は、報酬全部若しくは一部の前払いを受けたり、工程の一部完了の際に報酬の一部を受けるということもありますが、そうするためには請負契約においてその旨の特約が必要です。
したがって、請負契約においては、法律上、何をもって仕事が完成したといえるかが重要な問題となります。この点は、「システムの完成・未完成」のページをご覧ください。
ただし、2020年施行の改正民法において、目的物が完成しなくても、未完成部分のみで発注者(ユーザー)にとって価値があると認められる場合には、受注者(ベンダー)が報酬が請求できる旨が条文上明示されました(改正民法第634条[カーソルを載せて条文表示])。
準委任契約の場合
他方、準委任契約では、システムが完成したことは必ずしも報酬請求の要件ではありません。むしろ業務自体が適切に実施されれば対価を請求できます(民法648条2項本文[カーソルを載せて条文表示])
また、ベンダー(受任者)の責めに帰することのできない事由によって履行の中途で契約が終了したときには、受任者は、すでにした履行の割合に応じて報酬を請求することができます(民法648条3項[カーソルを載せて条文表示])。
もっとも、準委任であっても、成果に対して報酬を支払うとする合意は可能です(民法648条の2第1項[カーソルを載せて条文表示])。
相違2~仕事未完成の場合の解除
請負の場合
請負契約においてはベンダーは、仕事の完成義務を負います。それで、システムが完成しなかったときは、ユーザは契約(場合によりその一部)を解除して損害賠償を求めることができる、ということになります。
また、請負契約においては、ベンダーに落ち度がなくても、発注者(ユーザー)は、仕事が完成するまでの間、損害を賠償して契約を解除することができます(民法641条[カーソルを載せて条文表示])。
この場合の「損害」は、ベンダーが得られたであろう報酬から、仕事完成義務を免れたために支払をせずに済んだ費用を控除した額が基本的な目安となります。
準委任の場合
他方、準委任契約では、ベンダーは一定の水準で委託された業務を遂行する義務を負いますが、仕事完成義務そのものはありません。それで、完成しないという一事だけでは解除はできない、ということになります。
この点、準委任契約では、発注者(ユーザー)においても、また受注者(ベンダー)においても、いつでも契約を解除することができるという規定が民法にはあります(民法651条1項[カーソルを載せて条文表示])
もっとも、以下の場合には、準委任契約の一方的な解除は、やむを得ない理由がない限り、解除者が損害賠償責任を負うとされています(民法651条2項[カーソルを載せて条文表示])
- 相手方に不利な時期に委任を解除したとき。
- 委任者が受任者の利益(専ら報酬を得ることによるものを除く。)をも目的とする委任を解除したとき。
相違3~再委託の可否
請負契約の場合
請負契約においてはベンダーは、原則としてその裁量で再委託(下請負)ができます。それは、仕事を完成させさえすればその方法は問わないという発想に由来しています。
したがって、発注者(ユーザー)が再請負(下請)について制限を設けたい場合(承認制にするなど)は、契約でその旨を明示する必要があります。
準委任の場合
準委任契約では、請負契約とは逆に、原則として再委託は委任者の承諾が必要です。一般に委任や準委任は、受託者に対する信頼関係が基礎にあるからと言われています。
それで、ベンダーが予め再委託を予定しているのであれば、契約書にその旨を明示するか、契約の履行において発注者(ユーザー)の同意を得る必要があります。
相違4~瑕疵担保責任(契約不適合責任)の有無
請負契約の場合
請負契約においてはベンダーは、仕事完成義務を負いますので、成果物の引渡後も、成果物に瑕疵(契約不適合)がある場合には、瑕疵担保責任(契約不適合責任)を負います(民法562条、563条、559条、636条)。
なお、瑕疵担保責任についての詳細は、「納入後の不具合・瑕疵」のページをご覧ください。
準委任の場合
準委任契約では、ベンダーは原則瑕疵担保責任を負いません。もちろん、ベンダーは、業務遂行において「善良な管理者の注意」をもって業務を遂行する義務を負います(民法644条[カーソルを載せて条文表示])。それで、こうした義務に違反した場合は、このことについて責任を負います。
具体的には、当該義務違反によって発注者(ユーザー)に生じた損害を賠償するほか、契約解除を受ける場合もあります。
「請負」と「準委任」の区別の重要性
契約の性質を明示しない場合の不具合
以上のとおり、ある契約が請負契約と解釈されるか、準委任契約と解釈されるかによって、法律上の効果は大いに異なることがあります。
それを意識し、契約において、委託した業務の性質を明示しないと、以下のような誤解が、発注者(ユーザー)と受注者(ベンダー)との間に生じるかもしれません。
- 受注者(ベンダーに)は、工数に応じた支払を受けられると思っていたので所定の工数を超えたから追加費用を請求した。発注者(ユーザー)は成果物に対する固定の報酬だと思っていたので追加支払義務はないと考えていた。そのため双方でもめている
- 発注者(ユーザー)は、納品物に不具合があるので当然に無償で直してもらえると思っていた。受注者(ベンダー)は、問題なく所定の工程を終えたのだから、成果物を直すなら追加費用を支払ってもらうべきと考えている。そのためそのため双方でもめている
したがって、システム開発の契約、システム保守契約、又はその他ITやシステムに関して作業を委託する契約を締結する場合、契約の性質を明確にすることは重要といえます。さらに、費用の支払、算定方法、不具合時の対応や責任の内容、再委託の可否など、重要な事項に関する規定を必ず明示することも重要といえます。
開発段階に応じた性質の明示
また、一般に、システム開発(伝統的なウォーターフォール型)については、要件定義、基本設計(外部設計)、詳細設計(内部設計)、開発(製造)、テストという工程が経られることが多いといえます。
そして、工程ごとに、実は法的な性質が異なると考えられています。したがって、工程ごとに契約の性質を検討することも重要です。この点で、要件定義や基本設計(外部設計)については準委任契約とすることが多く、詳細設計(内部設計)や開発(製造)については請負契約とすることが多いと考えられています。
それで、基本契約においてこうした性質を明示するか、あるいは工程ごとに個別契約を締結し、個別契約において法的な性質を明示するという方法は実務上検討に値します。
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