ソフトウェア・ライセンスとライセンシー側のリスク管理
本ページのテーマ
事業者が、自己の事業や製品のためにあるソフトウェアのライセンスを受ける場合、特段の問題がなければできる限り長期にわたり使用したいと考えることが少なくありません。
この点、ライセンシーの観点からはどんなリスクがあるでしょうか。またそのためのリスク回避・軽減策はどのようなものがあるでしょうか。本ページではこれらの点についてご説明します。
ライセンサーが他社に著作権を譲渡する場合
問題の所在
ソフトウェアのライセンスは通常著作権の使用許諾と考えられています。この点、著作権者は他人に対して著作物の利用を許諾することができます(著作権法63条1項[カーソルを載せて条文表示])。そして、利用の許諾を受けた者(ライセンシー)は、ライセンシーから許諾を受けた利用方法と条件の範囲内で、その著作物を利用することができるとされています(著作権法63条2項[カーソルを載せて条文表示])。
では、当該ソフトウェアの著作権が、ライセンサーから第三者に譲渡されてしまう場合、ライセンシーの立場はどうなるでしょうか。
問題はここで、ライセンシーがソフトウェア(著作物)を利用することができる権利が、ソフトウェアライセンス契約に基づき、ライセンサーに対して主張できる権利であるという点です。したがって、ライセンサーが著作権を第三者に譲渡した場合には、ライセンシーは、原則として、著作権を譲り受けた第三者に対して使用権を主張することができません。
では、ライセンス契約において、こうしたリスクをどのように軽減できるでしょうか。ケース・バイ・ケースではありますが、ライセンス契約において、以下のような規定を定めることを検討できるかもしれません。
ソフトウェアの著作権の譲渡禁止の規定
特に特定のライセンシーやエンドユーザー向けに開発してもらいライセンスを受けているようなケースでは、ライセンシーの承諾なく著作権の譲渡を禁止する規定を設けられるかもしれません。
例文
甲は、対象ソフトウェアに関する著作権を、乙の書面による事前の承諾なくして、第三者に譲渡せず、担保設定又は他の処分をなさないものとする。
譲渡禁止としつつ条件付で許容する規定
ライセンシーの承諾なく著作権の譲渡を禁止するものの、ライセンスをする義務を譲渡先に承継させる場合には譲渡を承諾するという規定を設けられるかもしれません。
例文
甲は、乙の書面による承諾がある場合、対象ソフトウェアに関する著作権の譲渡をなすことができる。甲が当該譲渡先に対し、本契約に基づく甲の一切の義務を承継させ、かつ当該承継を証する書面を乙に提出したときは、乙は承諾を拒むことができない。
ソフトウェアの著作権の優先買取権の規定
単に譲渡を禁止するだけでは、ライセンサーとしては投資回収などに支障が出るという理由で難色を示すかもしれません。こうした場合に、ライセンシーによる優先買取権の規定を定めることができるかもしれません。
優先買取権に関する例文
甲において、対象ソフトウェアに関する著作権を第三者に譲渡する意思があるとき、又は甲が何らかの理由で対象ソフトウェアに関する事業を停止若しくは廃止することを決定しようとする場合には、当該決定前に速やかにこれを乙に通知するものとする。乙は、通知を受けた後1ヶ月以内に、対象ソフトウェアに関する著作権につき、他者に先んじて優先的に時価で買取をなし、譲渡を受けることを申し出ることができる。
もっとも、上の規定で考えなければならないのは価格決定のプロセスとその結果です。価格について当事者の完全に自由な交渉に委ねるのか、何らかの価格算定方法を定めておくか、協議が調わない場合第三者に決定を委ねるか等々を定めておく必要があります。
また、協議の期間を定めるのか、また協議が調わない場合に譲渡が認められるのか認められないのかといった点も定めておく必要があります。
以下の例は、譲渡の効力がライセンシーが通知をした時点で生じ、かつ協議が調わない場合は裁判所が決定するものとして、ライセンシーへの譲渡が確実に生じるような規定です。
価格決定プロセスに関する条文
対象ソフトウェアの著作権の譲渡は、乙がその旨を書面で通知した時点で成立するものとし、譲渡の対価の価額は、甲乙が協議して決定し、協議が調わない場合裁判所の決定によるものとする。
ライセンサーの倒産等が生じる場合
問題の所在
ソフトウェアのライセンスを受けて継続的に使用するためには、多くの場合ソフトウェアの補修や改良などのメンテナンスが必要となります。ライセンサーが正常に運営されている間は問題ありませんが、ライセンサーが倒産などしてメンテナンスができなくなった場合、自ら又は他のベンダに依頼してソフトウェアのメンテナンスを行うためには、当該ソフトウェアのソースコードを入手する必要性が高いといえます。
しかし、営業秘密や技術ノウハウの流出を避けたいといった理由から、ソフトウェアのライセンサーにとってソフトウェアのソースコードをライセンシーに開示することは強い抵抗感があることが通常であり、ライセンシーが予めソースコードの開示を受けることは困難であることが少なくありません。
かといって、ライセンサーが倒産した後はじめて、ライセンシーがライセンサーからソースコードを譲ってもらうために交渉することも現実的とはいえません。
ソフトウェアエスクロウの概要~ソースコードを確保する手段
上記のような困難性に鑑み、万が一ライセンサーが倒産した際にライセンシーがソースコードを確保するための制度として、「ソフトウェア・エスクロウ」があります。
ソフトウェア・エスクロウとは、ソフトウェアのライセンスに際して、当該ソフトウェアのソースコードや、特定の技術資料を第三者に預託しておく、という制度です。この第三者は「エスクロウ・エージェント」と呼ばれることがあります。
そして、ライセンス契約において、又は付随する覚書などで、ライセンサーが倒産したとか、その他ライセンサーが信用不安に陥ったことを示す特定の事由が生じた場合に、エスクロウ・エージェントからライセンシーに当該ソースコードや技術資料が開示されることを契約に取り決めておきます。
これによって、ライセンサー側は、平時にはソースコードの開示を回避して営業秘密や技術ノウハウの保護を図りつつ、倒産等によって事業継続が困難になった場合にソースコードのライセンシーへの開示が確保されることでソフトウェア取引が促進されることに繋がります。
なお、エスクロウ・エージェントに制限はありませんが、日本においては、一般財団法人ソフトウェア情報センター(SOFTIC)がソフトウェア・エスクロウを扱っています。
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