契約書の未調印とシステム開発契約の成否
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問題の所在
ある開発案件について、ユーザーに提出した見積や工期について内諾があると、通常は「契約書のドラフト→契約書の内容についての交渉→調印」、というプロセスを経て契約を締結します。
しかし、こうした契約書のドラフトから調印までの間の交渉は意外と時間がかかるため、ベンダーが、所定の納期に間に合わないことをおそれて、またはそのような懸念を持つユーザーからの要請で、契約書が未調印の段階で開発に着手することは実務上ありえます。
ところが、契約書に関する交渉に時間がかかっている間に、ユーザーの内部事情の変化によって、また社内の稟議や経営会議で開発案件が正式承認されなかったといった事情で、ユーザーが開発の中止を通告する、という事態もないわけではありません。
こうしたケースでは、以下のような問題が生じます。
- 開発委託契約は成立したといえるか否か
- ベンダーは開発費用をユーザーに請求できるか否か
- ベンダーがユーザーに対して何らかの損害賠償を求めることができるか否か
開発委託契約の成立の有無
考え方
システムの開発は、通常は金額が大きい上、合意すべき内容も多岐にわたるため、契約書がないということは契約成立を否定する大きな要素となることは事実です。
もっとも、契約書がないからという理由だけで、契約の成立が常に認められないというわけではありません。ある当事者間で、ある契約成立が認められるか否かは、契約書の存在の有無を含め、一切の事情から当事者間で、契約成立に至ったといえる程度に具体的な内容において意思の合致があったと認定できるか否かで決定されます。
裁判例
それで、この判断についてはケースバイケースとしかいいようがありませんが、例えば以下の裁判例は参考になると思われます。
契約成立否定例:東京地裁平成17年3月28日判決
同事件では、ユーザーA社が、ベンダB社を含む3社に見積書の提出を求め、主としてB社との交渉を開始しました。しかし、最終的に、B社が提案した見積額についてA社の社内稟議が通らず、システム導入が延期されました。
これに対し、B社は、既に請負契約は成立しているとし、A社が一方的に契約解除したことを理由に損害賠償請求をしました。
B社は、キックオフミーティング議事録にA社が押印していることや、A社が有償作業へ移行したことを了解していた等と主張しました。しかし、裁判所は、従前の経緯から当該ミーティングは単なる打ち合わせに過ぎず、A社の出席に特別な意味はなかったとし、さらにA社が有償作業へ移行したことを了解していたという事実も認めませんでした。
契約成立肯定例:東京地裁平成29年6月23日判決
同事件では、ベンダーからユーザーに契約書は送付されていたものの、双方の記名押印がなされないまま、要件定義完了の段階で開発が中止となったというケースです。
この案件では、当事者間で以下のドキュメントのやり取りがありました。
- 提案依頼書と提案書
- 発注内示書と応諾書
- 要件定義フェーズ完了報告及び要件定義書
- 発注書と発注応諾書
- 再見積書
その上で裁判所は、こうしたドキュメントの記載内容(納期や金額)に加え当事者間のやり取りを踏まえ、両当事者間で契約が成立したといい得る程度までその合意内容が確定していることから、契約の成立を認めました。
開発費用の精算や負担に関する合意の成立の有無
問題の所在
前記のほか、開発委託契約の成立まではなかったものの、開発費用の負担や精算について何らかの合意があったか否かが問題となるケースもあります。
この点も、当事者間で作成された書面の存在や内容、また当事者間のコミュニケーションの内容等の一切の事情から、当事者間にどんな意思の合致があったと認定できるか否かを考えていくことになります。
裁判例
上の点に関する判断もにケースバイケースということに帰着しますが、例えば以下の裁判例は参考になると思われます。
費用負担合意肯定例:東京地裁平成12年9月21日判決
A社は、ある独立行政法人(発注者)の公募事業にかかるシステムの開発・運用事業への応募を検討し、B社と、発注者に対するシステムの提案及び開発について共同事業をすることに関して協議を開始しました。
A社は発注者から当該システム開発を受注しましたが、A社とB社間で請負代金の金額等の条件の折り合いがつかず共同事業を解消しました。B社はA社に、共同事業の解消までにB社が費やした費用を請求しました。
裁判所は、A社が、B社によるシステム開発作業への着手を認識した上で、口頭で開発費用も含めた清算の合意をしたと認定し、開発費の一部の支払を認めました。
費用負担合意肯定例:東京地裁平成17年9月21日判決
あるシステムの導入を検討していたA社は、B社と、当該システムに関する技術的課題について検討することを内容とする覚書を締結しました。そして技術的課題が解消されたので、A社はB社に対し、B社のシステムを採用する旨の通知を行いました。
その後、当該システムを利用したサービスの開始直前に、A社はセキュリティ上の理由からシステム仕様の変更を要求してサービス開始が延期され、結局A社は当該システムの不採用に至りました。
それで、B社はA社に対して、同システムの開発費用及び当該遅延によって生じた損害等の賠償を求めました。
裁判所は、覚書の締結について、一定の条件を充足すればシステムを採用するとの合意があったと認定し、かつ当該条件は充足されているので、A社は所定の時期にサービスを開始する義務があったと認定し、B社の請求を認めました。
なお、A社が主張したセキュリティの問題については、裁判所は、A社が当初からセキュリティ上の問題を認識しており後に検討することとしていたと認定した上で、サービス開始の延期を正当に理由づけるものとはならないと判断しました。
このページは作成途中です。加筆次第随時公開します。
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