開発委託契約における損害賠償限定条項とその有効性

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損害賠償責任の限定条項とその内容

損害賠償の責任限定条項とは

 損害賠償の責任限定条項(責任制限規定)とは、ある契約に関して当事者に損害が生じた場合に、他方当事者が負う損害賠償責任を一定の範囲や限度に限定する条項です。

 こうした規定は、特にIT関係の取引に関する契約において少なからず見受けられるものです。

 以下本ページでは、責任限定条項の概要や内容、裁判例を踏まえた有効性に関する考え方についてご説明します。

損害賠償責任の限定規定の定め方

 規定の定め方(限定の仕方)としては、主に以下の2つの方向が一般的です。

賠償する損害の範囲を限定するもの

【条項例】甲及び乙は、本契約に関し、故意又は過失により相手方に損害を与えたときには、それにより相手方が被った損害について、直接かつ通常の損害に限り、賠償する。ただし、逸失利益、間接損害及び特別損害については賠償の責を負わない。

 上記の例では、賠償する損害の範囲を「直接かつ通常の損害」に限定しています。そして、「間接損害」(原因との因果関係が間接的であるもの)、「特別損害」(特別な事情から生じた損害)、「逸失利益」(加害行為がなければ得られたであろう利益)といった特定の類型の損害を除外しています。

賠償する損害額を限定するもの

 【条項例】甲及び乙は、本契約に関し、故意又は過失により相手方に損害を与えたときには、それにより相手方が被った損害について、本契約に基づく委託料相当額を上限として、賠償する。

 上記の例では、賠償する損害額の上限が「本契約に基づく委託料相当額」に設定されています。もっとも、取引基本契約の場合のように契約書自体からは委託料等の対価が定められていないこともあります。こうした場合には、「当該損害の原因と直接関連する個別契約に定める委託料」といった文言で上限を設定することもあります。

 こうした形で損害賠償責任を金額面で限定することは、特にベンダ側のリスクヘッジとしての効果は大きいといえます。

責任限定条項の有効性に関する考え方

BtoB取引と契約の有効性

 特にシステム開発を巡る紛争においては、開発の遅延や頓挫によってユーザー側の損害が非常に多額になることがあり、かつ責任限定条項の存在によって損害額の多くが賠償対象から外れてしまう場合があるため、特にユーザー側はこうした条項の有効性を強く争うことが少なくありません。

 経営者の方の中にも、自社に不利な契約条項に直面したときに「これは無効にならないのか」とおっしゃる方が少なくありません。この点まず基本的な考え方として、特に会社間での契約においては、強行法規に違反するといったことがない限り、契約書の記載どおりの効力が認められることが原則であり、この点は損害賠償の限定条項においても変わらない、という点を銘記しておく必要があります。

 ただし、内容によっては、又は締結に至る経緯や状況に照らし、例外的に無効と判断される場合や、一部の場合に当該条項の適用が制限されるケースもあります。以下この点に関する裁判例をご紹介します。

責任限定条項の有効性に関する裁判例

 以下、責任限定条項に関する裁判例の一部をご紹介します。なお、裁判例はあくまでも事例判断であるという点にご留意ください。

東京地判平成26年1月23日判決

 この事件は、ベンダーが受託開発したアプリケーションの脆弱性を原因として、委託者(ユーザー)のウェブサイトから商品を注文した顧客のクレジットカード情報が流出したというケースでした。

 そして、関係する契約における損害賠償の限定条項として、以下のような規定がありました。

第29条 乙が委託業務に関連して、乙又は乙の技術者の故意又は過失により、甲若しくは甲の顧客又はその他の第三者に損害を及ぼした時は、乙はその損害について、甲若しくは甲の顧客又はその他の第三者に対し賠償の責を負うものとする。
2 前項の場合、乙は個別契約に定める契約金額の範囲内において損害賠償を支払うものとする。

 そして裁判所は、帰責当事者において故意を有する場合や重過失がある場合にまで同条項によって損害賠償義務の範囲が制限されるとすることが「著しく衡平を害するものであって,当事者の通常の意思に合致しない」と述べ、故意又は重過失がある場合には責任限定条項の適用しないという判断をしました。

東京地裁平成31年3月20日判決

 日本IBM事件として知られている同事件では、ユーザー(発注者側)が、責任制限条項について、信義則に違反するとか、ベンダーに重過失のある本件について適用されるべきでない等と主張しました。

 裁判所は、発注者が「一方的に不利益な契約条項を是正する交渉力が(受注者)に劣後していたと認めるに足りる証拠はない」、「その調印に当たり、(発注者)が本件各責任制限条項について(受注者)に交渉を求めたような気配は、本件全証拠によっても見当たらない」と事実認定しました。

 そして裁判所は、これを前提に、「ベンダに重過失がある場合に責任制限条項を適用しない旨の規定は、経済産業省のモデル契約には設けられているものの・・・、本件個別契約・・・には,その旨の明文規定はない」と述べ、こうした規定にユーザー(発注者)が同意したことを重視して、責任制限条項の不適用についての原告の主張を退けました。

「重過失」とは何か

 なお、裁判例において問題となりうる「重過失」とは何でしょうか。

 最高裁によれば、重過失とは、「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態」を指すものとされています(最高裁昭和32年7月9日判決)。

 以上のような重過失が、特にシステム開発においてどんな場合に認められるかはケースバイケースですが、前記日本IBM事件判決では、「通常のベンダとしての裁量を逸脱して社会通念上明らかに講じてはならないような不合理な対応策を取ったとか、ベンダとして社会通念上明らかに講じなければならない対応策を怠った」といったケースを重過失認定のメルクマールとしています。これは「ほとんど故意に近い」という前記最高裁の判旨をシステム開発における注意義務に具体化したものであるといえ、一つの参考になるように思われます。

 


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