SES契約のサンプルと規定ポイント
本ページでは、SES契約(システムエンジニアリング契約)の主要なポイントについて、サンプルを用いてご説明します。なお、この部分については主要条項の一部の説明ですので、今後必要に応じ加筆する予定です。
また、以下のサンプルはもっぱら主要条項の趣旨・意図の解説を目的としています。それで、網羅性・完全性・条項間の整合性については検証していません。それで、本ページのサンプルを「雛形(ひな形)」として使用することはご遠慮ください。
SES契約の概要
SES契約の概要や法的性質
まずはSES契約の概要や法的性質を理解することが重要です。
この点については、「SES契約の法律問題・委託と派遣の区別」をご覧ください。
SES契約と収入印紙
まず、すべての契約書に収入印紙が必要となるわけではありません。収入印紙が必要なのは、印紙税法により印紙税を課すと規定された「課税文書」のみです。
ただし、課税文書かどうかは、書類の名称ではなく内容で決まるのがポイントです。したがって、内容面で課税文書といえるものについて、タイトルを課税文書ではない契約のものに変えたとしても、それで印紙税を免れることにはならないわけです。
では、SES契約は課税文書でしょうか。SES契約書については、収入印紙は不要というのが原則です。それは、SES契約は法律上「準委任契約」に該当するところ、これは印紙税法に定める課税文書に該当しないからです。ただし、準委任契約であっても契約書に課税事項が含まれる場合は、印紙税の対象となる可能性もあります。
もっとも、SES契約の中に特許権や著作権といった無体財産権の譲渡に関する規定が含まれる場合、「無体財産権の譲渡に関する契約書」として、いわゆる1号文書に該当する余地があります。
また、SES契約の中に請負の要素が含まれる場合(例:成果物の完成と納品が報酬支払いの条件となる場合)、請負契約として、いわゆる2号文書に該当する余地があります。また請負の要素が含まれ、かつ継続的に生じる取引の基本となる契約書となる場合には、「継続的取引の基本となる契約書」として、いわゆる7号文書に該当する余地もあります。
したがって、契約内容を分析し、課税文書該当性を慎重に検討する必要があります。
SES契約の各条項の解説
以下、SES契約の主要な規定の一部についてサンプルを用いてご説明します。なお、以下のサンプルはもっぱら主要条項の趣旨・意図の解説を目的としています。それで、網羅性・完全性・条項間の整合性については検証していません。それで、本ページのサンプルを「雛形(ひな形)」として使用することはご遠慮ください。
契約の目的
規定例
第*条(契約の目的) |
条項のポイント
最も基本的な規定として、委託者(発注者)が受託者(受注者)に対して特定の業務を委託する旨の規定を定めます。業務の内容は、単発的な契約であれば契約書やその別紙に詳細を明示することことが多いと思われますが、基本契約的な性質の契約であれば、サンプルのとおり個別契約において都度定めることになります。
また、誤解や紛争防止から委託の性質が準委任であることを明示しておくことは有益かと思います。特に本サンプルでは1項において、請負と解釈されうる「開発」が含められていることを考えてもそういえます。
業務遂行の方法
規定例
第*条(委託業務の遂行) |
条項のポイント
SES契約に基づく業務を適法に運用するためにこれは重要な規定であるといえます。
SES契約の問題は、派遣法との抵触の可能性であって「偽装請負」と判断されるリスクが問題となります。特に、本来、委託者と受託者は独立した事業者である以上、受託者は、自己の従業員を指揮しつつ自己の判断と責任において自ら業務に従事するものであって、受託事業者の個々の従業員が、委託事業者から指揮命令などを受けることは原則としてありません。
上のサンプルはこうした重要な原則を明示したものであって、重要なものであるといえます。なお、こうした原則は契約に記載するのみならずきちんと履行することも重要であることはいうまでもありません。
業務責任者の選任
規定例
第*条(業務責任者) |
条項のポイント
これもSES契約に基づく業務を適法に運用するためにこれは重要な規定であるといえます。
前述のとおりSES契約は労働者派遣とは異なり、受託事業者の個々の従業員が、委託事業者から指揮命令などを受けることは原則としてありません。そして、受託者側のコミュニケーション窓口を明確にすることが、こうした原則が適切に履行することを確保するための手段となります。
業務遂行場所
規定例
第*条(委託業務遂行の場所) |
条項のポイント
SES契約に基づく業務を遂行する場所について定めます。上のサンプルでは、近年急速に普及したテレワークを含めて記載しています。
なお、SESにおいては委託者やその客先の事業所に受託者のエンジニアが常駐する形で業務を行うことも少なくないため、1項のただし書でこの点について触れています。
なおこの点、厚生労働省が述べる、「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」では、労働者派遣に該当しないと判断される要素として、受託者が「労働者の配置等の決定及び変更を自ら行うこと」が含まれています。したがった、受託者の技術者が委託者の事業所において業務を行う場合も、委託者と受託者の合意に基づき、受託者がエンジニアに対して業務場所を指定することが必要です。
業務委託料
規定例
第*条(業務責任者) |
条項のポイント
これもSES契約に基づく業務に対する対価(委託料)の金額に関する条項を明確に規定しておくことが必要です。
委託料の金額の定め方は種々ありますが、上のサンプルのように一定の幅のある標準的な稼働時間を基準に月額で定め、その幅を超えるか下回る場合に時間単価をもって調整するという方法があります。
そしてこの場合の月額金額や時間単価は主として業務を担当するエンジニアのスキルに応じて定めるのが一般的です。
経費負担
規定例
第*条(委託業務にかかる経費) |
条項のポイント
SES契約に基づく業務にかかる経費の負担に関する条項を明確に規定しておくことは有益です。この点、労働者派遣と異なり、委託においては、受託者が、委託業務を、自己の業務として契約の相手方から独立し、自らの費用負担で処理します。
こうした点を考えると、特別な理由がない限り経費負担については受託者を原則とすることが必要となると考えられます。
機器の貸与等
規定例
第*条(機器等) |
条項のポイント
SES契約に基づく業務に関して機器等の調達に関する条項を明確に規定しておくことは有益です。この点、厚生労働省の「労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準」では、一つの判断要素として、「自己の責任と負担で準備し、調達する機械、設備若しくは器材(業務上必要な簡易な工具を除く)又は材料若しくは資材により、業務を処理すること。」が挙げられています。
それで、1項でこの原則論を定め、例外として発注者が機器や資料を貸与する場合も、当然に無償でなく有償もあり得ることを定めることが考えられます。
確かにSESの実態としては客先に常駐して客先からの貸与を受ける形が少なくないと思いますが、あくまでも例外として位置づけられるべきものと思います。
著作権の帰属
規定例
第*条(著作権の帰属) |
条項のポイント1~著作権に関する扱いの明示
SES契約のように成果物の完成を目的とはしない契約でも、業務従事者が成果物を作成し、これによって著作権が生じる場合は少なくありません。そのため、著作権の帰属に関する条項を規定しておく必要があります。
この点、実務上は発注者に移転する扱いにするケースが多いと思われますが、著作権に関する定めが契約上明確ではない場合、著作権法の原則(現実に著作物を創作した人に著作権が帰属する原則)によって受注者に留保されるという解釈も成り立ち得ます。そのため、認識の食い違いが生じないようにこの点を明確にする必要があります。
条項のポイント2~著作権法第27条及び第28条に言及する意味
多くの方は、著作権の移転に関する規定において、上のサンプルのように「著作権法第27条及び第28条の権利を含む」といった括弧書を見たことがあると思います。ではなぜこのような記載が必要なのでしょうか。
まず、著作権法27条と28条は、著作物を翻訳その他翻案する場合に必要な権利について述べられています。そして、著作権法第61条2項[カーソルを載せて条文表示]は、契約において明示されていないときは、著作権法第27条及び第28条の権利は譲渡元に留保されたものと推定する、と定めています。
したがって、「著作権法第27条及び第28条の権利を含む」ということを明示しないと、発注者が後日当該成果物を修正したり改良しようとしたときに、受託者から権利侵害であると主張されるリスクがあるということになります。
よって、著作権の移転の規定において、上の文言は必要なものといえます。
作業報告書の提出
規定例
第*条(作業報告書の提出) |
条項のポイント
SES契約に基づく準委任としての作業の場合、特定の成果物の完成義務がないため、成果物として作業報告書を提出する扱いとすることは実務上珍しくありません。それで、1項と2項ではその旨を記載しています。
また、準委任契約においては瑕疵担保責任(契約不適合責任)はありませんが、故意過失により不備がある場合の責任について定めています。
再委託
規定例
第*条(再委託) |
条項のポイント
SES契約に基づく業務委託の場合、再委託がなされることは珍しくありません。そのため、再委託に関する規定を置くことが多いといえます。
再委託に関する定めとしては、(1)発注者の承諾なく再委託できるとする場合、(2)発注者の承諾なく再委託できるが届け出が必要とする場合、(3)発注者の承諾が必要とする場合、がありますが、本サンプルでは(3)を前提としています。
もっとも、どのケースの場合でも、再委託先の行為や不備に対しては受託者が責任を負うことに留意する必要があります。
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