ソフトウェア・エスクロウ契約の実務

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 「ソフトウェア・ライセンスとライセンシー側のリスク管理」のページで述べたとおり、事業者が、自己の事業や製品のためにあるソフトウェアのライセンスを受ける場合に生じうるリスクとして、ライセンサーやベンダーの倒産という問題があります。

 こうした場合に備え、万が一ライセンサーが倒産した際にライセンシーがソースコードを確保し、ソフトウェアのメンテナンスを継続できるようにするための制度として、「ソフトウェア・エスクロウ」があります。

 具体的には、ソフトウェアのライセンスに際して、当該ソフトウェアのソースコードや、特定の技術資料を第三者に預託しておき、ライセンサー等一定の事由が生じた場合、第三者をからライセンシーに当該ソースコードや技術資料が開示されることを契約に取り決めておくというものです。

 本ページでは、このソフトウェア・エスクローの具体的な実務について考えます。

ソフトウェア・エスクロウのための契約手順

 ソフトウェア・エスクローの実施にあたっては、まずは契約の整備が必要です。一般的には、以下のよな契約規定の整備を行います。

ソフトウェアライセンス契約にエスクロウ条項を入れる

 ライセンサーとライセンシーとの間のソフトウェア使用許諾契約において、エスクロウ条項を含めます。またはすでに使用許諾契約(ライセンス契約)が締結されている場合、ソフトウェアエスクロウについて付随的に合意して覚書などを交わすこともできます。

 例えば以下のような条項を含めることができます。

条項例

1 本契約に締結後30日以内に、ライセンサーは、本ソフトウェアのソースコード、データベース、及び関連ドキュメント(以下「寄託資料等」という)を寄託するため、[エスクロウ・エージェント名]と間で、ソフトウェアエスクロウ契約を締結するものとする。

2 [エスクロウ・エージェント名]は、前項によって寄託を受けた寄託資料等を検証し、これらの完全性と最新性を確認することができる。また、[エスクロウ・エージェント名]は、寄託資料等がライセンシーに開示される際の再構築手順を詳述した、構築手順書を作成し提供することができる。

ソフトウェア・エスクロウ契約を締結する

 ソフトウェア・エスクロウ契約を締結します。契約の作成や締結にあたっては、以下のような要素を考慮します。

契約当事者

 ソフトウェア・エスクロウ契約の当事者は、次の2つの場合があります。

  • ライセンサー(ベンダー)とエスクロウ・エージェントとの間の二者契約で締結する場合
  • ライセンサー(ベンダー)・ライセンシーとエスクロウ・エージェントの間の三者契約で締結する場合

 なお前者の場合、ライセンシーはその契約の受益者(Beneficiary)として、その契約に基づき、ソースコードなどの開示を受ける立場となります。

ソースコードなどが開示される事由

 どんな事由が生じた場合に、エスクロウ(預託)されているソースコードなどの資料がライセンシーに開示されるかを定めます。

 例としては、以下のようなものが考えられます。なおこれらは単なる例示であり、ケース・バイ・ケースで検討されるものです。

  • ライセンサーが破産手続開始若しくは特別清算手続の申立てを自らなし、若しくは第三者による申立によってこれらの手続が開始されたとき
  • ライセンサーが、事業の一時停止若しくは廃止によって、対象ソフトウェアの保守業務ができなくなったとき
  • ライセンサーが支払停止若しくは支払不能の状況に至ったとき、又は支払停止若しくは支払不能の旨を第三者に告知したとき
  • ライセンサーが対象ソフトウェアを第三者に譲渡し、譲渡後●日以内に第三者が従前の条件で対象ソフトウェアをライセンシーにライセンスすることに同意しなかったとき
  • ライセンサーが会社解散の決議を行ったとき
  • ライセンサーが対象ソフトウェアの契約に基づく保守又はサポートを怠り、当該懈怠が●日以内に是正されないとき
ソースコードなどを開示する手続

 ソースコードなどの預託物を開示する手続を定めます。スタンダードな手順としては以下のようなものがあります。

  • ソースコード等の開示事由が発生した場合、ライセンシーが、エスクロウ・エージェントにその旨を書面で通知し、裏付け資料を送付する。
  • エスクロウ・エージェントは、通知と裏付け資料をライセンサーに送付する。当該通知の送付後●日以内にライセンサーから反対の通知(開示事由が生じておらず若しくは解消したことを示す証拠を添付する)を受けない限り、エスクロウ・エージェントは預託されたソースコードなどの預託資料をライセンシーに開示する。
  • エスクロウ・エージェントは、前記反対の通知を受領した場合、当該反対の通知の写しをライセンシーに送付する。またエスクロウ・エージェントは預託資料をライセンシーに開示せず、ライセンシーとライセンサーからの共同の指示があるか、契約に定める紛争解決手続によって解決されるまで保管を続ける。
  • 預託資料が開示されると、ライセンシーは、当該預託資料にかかるソフトウェアのライセンス契約に定める権利や利益を受け続けるために、預託資料を使用する権利が付与される。
紛争解決手続

 前述のとおり、開示事由が充足されたか否かでライセンサーとライセンシーとの間で争いになることもあり、この場合の紛争解決手続を定めることもあります。

 例えばこの場合、訴訟を選択することもできますが、通常は訴訟は長時間がかかるため、特定の仲裁機関による仲裁の手続による旨を定めることもできます。

 仲裁による解決を定める場合、仲裁機関、仲裁地、仲裁人の人数と選定方法、証拠方法の限定の有無と種類(例えば書面や電子ドキュメントに限るなど)、口頭審理開催の有無、申立てから仲裁判断までの期間など種々の事項を定めることができます。

ソフトウェア・エスクロウの手順

 前述の契約が締結されると、ソフトウェア・エスクローを実施します。多くの場合、以下のような手順が踏まれます。

預託物の預託

預託の方法

 ソフトウェア・エスクロウ契約に基づき、ライセンサーがエスクロー対象物を、エスクロー・エージェントに引き渡します。またその所有権を移転します。また、バージョンアップの場合も同様に預託を行います。

 通常、預託の方法は、エスクロー対象物(データやドキュメントの複製物)を固定媒体に記録したもののをエージェントに引き渡し、エージェントが封印して保管します。

 他方、Saas等によって提供されるソフトウェアの場合、エージェントが管理するクラウドサーバーの環境にアップロードする方法を認めるエージェントもあります。

預託の対象

 預託の対象としては、以下のようなものがあります。

  • ソースコード・オブジェクトコード・データベース
  • 要件定義書、仕様書、設計書
  • フローチャート、ブロック図、その他の図表
  • マニュアル等のドキュメント類、改修・改良履歴、メンテナンス情報
  • その他の技術情報

エージェントによる保管

 エスクロウ対象物の預託を受けたエージェントは、預託対象物が当事者の意図するものと同一のものかなどを検証します。

 エスクロウ・エージェントは、エスクロウ契約に基づき預託対象物を保管します。預託対象物が固定媒体に記録されている場合、固定媒体を封印した容器で保管します。

エスクロウ対象物の開示

 ソフトウェア・エスクロウ契約に定める開示事由が生じた場合、同契約に定める手続きに沿って、預託対象物がライセンシーに開示されます。



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