2017-11-14 プログラマーの競合他社への就職と競業避止義務
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
知財高裁平成29年9月13日判決
以下事案の説明が長くなりますので、時間のない方は解説のみお読みください。
プログラマーであるY氏は、平成24年10月、ソフトウェア会社であるX社との業務委託契約に基づき、ある開発案件に従事するよう依頼されました。この案件は、X社が、A社とC社から受注したものでした。
Y氏とX社の間では機密保持契約があったほか、委託契約には、「契約期間中及び契約終了後12か月間、X社の業務内容と同種の行為を行ってはならない」という趣旨の競業避止条項がありました。なお、「X社の業務内容」については、「発注書に従いX社の企画に基づきY氏及びX社が協議して決定する仕様に基づく開発及び類似する開発に限る」という趣旨の限定がありました。
ところが、Y氏は、平成25年12月にX社の事務所からA社案件に関するデータをコピーして持ち出して失踪しました。そして、まだX社との契約が継続中の平成26年4月に、A社とOEM関係にあるB社に就職し、前記競業避止義務に違反する開発業務に従事しました。
そこで、X社がY氏に対し、競業避止条項等に基づき業務を行うことの差止及び損害賠償等を求めたのが本件です。
なお本件は他に種々の争点がありますが、競業避止義務に絞って取り上げます。
裁判所の判断
知財高裁は、以下の理由により競業避止条項の有効性を認めた上で、競業避止義務違反を認めました。
● Y氏がX社のプログラマーとしてX社や顧客の営業秘密を取り扱うことは当然想定されるから、Y氏がこれらの営業秘密などを用いて競業行為を行うことによりX社に不利益が生じることを防止する必要がある。
● そのため、契約終了後12か月、競業避止義務を課する規定は、Y氏の職業選択の自由又は営業の自由を考慮しても十分合理性がある。
● Y氏がソフトウェアの開発責任者を務めるなど重要なポジションにあり、営業秘密に触れる機会も多かったことから、上記程度の制約はやむを得ない。
もっとも、差止請求については必要性なしとして、また、競業避止義務違反による営業損失の賠償請求については因果関係なしとして、いずれも否定しています。
解説
(1)従業員の退職後の競業は禁止されるか
今回の事例は、労働者ではなく業務委託先(ただし個人)に対する契約終了後の競業避止義務について取り上げたものですが、解説では、実務上より多く問題となる、従業員の競業避止義務について取り上げます。
企業経営上従業員の退職は当然に生じますが、その中には、会社の重要な営業秘密や種々のノウハウを知得した従業員もおり、また、顧客との密接なコネクションを構築した従業員もいるかもしれません。
それで、こうした退職社員が退職後に競業行為を行うと会社に重大なダメージが生じるおそれがあると考え、会社が競業を禁止する必要性を感じる場合もあるのは当然のことです。
ただし、多くの労働者は、自己のキャリアを活かすためにも、また今後のキャリアアップのためにも、退職後に同じ業界に転職したいと考えるのも自然ななことであり、退職した従業員の職業選択の自由に大きく関わる競業禁止という制約は、無制限に効力が認められるわけでもありません。
では、具体的にどんな点に留意する必要があるでしょうか。
(2)退職後の競業禁止の合意が有効と判断される要素
この点については、平成24年度経済産業省委託調査「人材を通じた技術流出に関する調査研究」(*)において過去の裁判例から詳細に分析がなされていますが、同論考のまとめとして、以下のような指摘がなされています。
有効性が認められる可能性が高い競業避止規定のポイント:
・競業避止義務期間が 1 年以内となっている。
・禁止行為の範囲につき、業務内容や職種等によって限定を行っている。
・代償措置(高額な賃金など「みなし代償措置」といえるものを含む)が設定されている。
有効性が認められない可能性が高い規定のポイント:
・業務内容等から競業避止義務が不要である従業員と契約している。
・職業選択の自由を阻害するような広汎な地理的制限をかけている。
・競業避止義務期間が 2 年超となっている。
・禁止行為の範囲が、一般的・抽象的な文言となっている。
・代償措置が設定されていない。
確かに会社としては、ある規程やルールを作りたいと考える場合に、できればすべての従業員に適用され、かつ禁止の範囲も広いルールを作りたいと考えるのは、コスト面・運用面の手間を考えれば理解できるところではあります。
しかし現実には、こうしたコストを重視した制度設計の結果、いざ違反が起きても裁判所によって有効性が否定されてしまうというのでは本末転倒といえるかもしれません。
それで、上のポイントを参考に、会社の業務体制の観点から、競業避止義務を課す対象を真に必要な職種の従業員に絞ったり、禁止行為についても、抽象的に競業行為を禁止するよりも、会社にとって重大なダメージとなる特定の行為に絞るといったきめ細かな取り決めの設定をすることが、より会社の利益を守るのに資することになるかもしれません。
(*) http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/sankoushiryou6.pdf
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4 弊所ウェブサイト紹介~労働法 ポイント解説
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弊所のウェブサイトの法律情報の解説のページには、ビジネス・企業に関係した法律情報に関する豊富な情報があります。
例えば本稿のテーマに関連した労働法については
https://www.ishioroshi.com/biz/kaisetu/roumu/index/
において解説しています。必要に応じてぜひご活用ください。
なお、同サイトは今後も随時加筆していく予定ですので、同サイトにおいて解説に加えることを希望される項目がありましたら、メールでご一報くだされば幸いです。
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