2016-11-29 アイドルの「恋愛禁止」と副業禁止規定
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
前書き
本稿を執筆しております弁護士の石下(いしおろし)です。いつもご愛読ありがとうございます。
前書きは前回の続きです。これまで、健全な判断をする多くの経営者は、事前に専門家にコストをかけ契約書を整えることは、取引や事業に伴うリスクの回避・軽減のためには、自動車保険と同様の必要経費と見ているということを申し上げました。
では、上の「リスク」にはどんなものが含まれているのでしょうか。前回申し上げた「契約書は中立ではない」「同じような内容でも書き方で効果が異なる」のほか、「書いていることより書いていないことが重要なことがある」ということも挙げられます。
契約書では、すべての内容がカバーされているわけではない場合があります。この場合には、何の効果も生じない、というわけではなく、実は、民法や商法などの規定が通常は適用されることになります。
それで、契約書を提示してきた相手方が、ある規定をあえて書かず、それによって自社に有利な民法や商法の規定の適用を狙う場合があります。しかしこの場合、このことに気づかずに締結してしまい、その後、自社の意図に反する結果が生じうる、ということがあります。
この点も、専門家ではないと判断が難しい視点が重要となってくると思われます。
なお、前書きの「契約書シリーズ」は、今回で終了です。では、本文にまいります。
1 今回の事例 アイドルの「恋愛禁止」と副業禁止規定
東京地裁平成28年1月18日判決
女性であるAさんは、芸能事務所B社と「専属マネージメント契約」を締結し、アイドルグループに所属して活動してきました。同契約には、B社からタレントに対する損害賠償請求の事由として、「連絡がつかず損害が出た場合」「ファンと性的な関係を持った場合」が定められていました。
その後Aさんは、ファンであるC氏と交際を開始し、性的関係を持ちました。また、Aさんは、グループのライブに出席せず、B社からの連絡に応じないといったことがありました。
そこで、B社は、Aさんに対し、損害賠償請求をしました。
2 裁判所の判断
裁判所は以下のように判断し、Aさんの行為には債務不履行がなく、またはB社には損害が生じたと認められないとして損害賠償請求を否定しました。
● 確かに、アイドルと呼ばれるタレントにおいては、アイドルの性的な関係が発覚した場合にファンが離れ得ることは、世上知られている。
● しかし、恋愛感情は人としての本質の一つであり、その現れとしての異性との交際や性的な関係は、人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのものである。
● よって、少なくとも、損害賠償という制裁をもってこれを禁ずるのは、アイドルという職業上の特性を考慮しても、いささか行き過ぎであり、上記自由を著しく制約するものである。
● そのため、B社が、Aさんに対し、異性との性的な関係を理由に損害賠償を請求できるのは、AさんがB社に積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたなど、B社に対する害意が認められる場合等に限定すべきである。
3 解説
(1)契約による私生活上の自由の制約
事業や仕事に関する契約によって他者を制約できるのはその事業や仕事に関する行為であることが通常ですが、ときには私生活上の行動を規律の対象とする場合があります。この点、職業や事業の性質に応じて私生活に対する一定の制約を課しうることは、一般論としては認められています。
もっとも、そのような制約が無制限に許されるわけではありません。具体的にどのような制約が許容されるかは、職務の性格、制約の対象となる行為の性格、職務遂行における制約の必要性、制約の種類・程度等の諸事情を総合的に判断して決することとなります。
例えば、今回の例では、「恋愛禁止」規定自体が無効になったわけではありません。むしろ、交際や性的関係があったことをもって、ただちに「損害賠償請求」という制裁を課すのは重すぎる、と判断されたわけです。他方、例えば損害賠償請求は課さないものの、制裁として、契約解除、アイドルグループからの脱退、あるいはグループのメンバーとしての一定期間の活動禁止といった制裁であれば、別の考慮がなされた可能性があります。
(2)就業規則と副業禁止規定
話は変わりますが、会社が就業規則において、労働者の私生活を規律する場合もあります。その一つが「副業」に関する規定です。
この点まず一般的に、就業時間外は従業員の自由な時間ですから、副業を「全面的」に禁止することは、特別な場合を除き合理性を欠く、無効なものとなる可能性が高いと思われます。
他方、副業の時間が長時間にわたり本業に影響が出る場合、副業が深夜になされ会社への誠実な労務の提供に支障を来す場合などでは、裁判例は副業禁止を有効としてきました。
また、副業が本業と競合関係にある場合も、副業禁止は有効と判断されることが多いと思われますし、副業の内容が、勤務先の信用を失わせる場合(例えば反社会的勢力とのつながりが明らかな業務など)も、副業禁止規定が有効となると考えられます。
もっともこの点、多くの会社は、就業規則において、副業の場合、事前の届け出に基づく許可制としているところが多いように思われます。それで、会社としては、副業の届出があった場合、一律不許可にするというよりも、上のような視点を踏まえ、本業や会社の事業への影響を考慮して、合理的に判断するといった運用が望ましいと考えられます。
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