2016-05-31 後発薬への特許権行使と特許侵害判断手法の基礎
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
1 今回の判例 後発薬への特許権行使と特許侵害判断手法の基礎
東京地裁平成28年3月3日判決
スイス法人A社は、発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」とする特許(第4430229号)を保有する特許権者です。
A社がもともと保有するオキサリプラチンの基本特許は存続期間が満了しているところ、A社は、ジェネリック薬メーカーに対して、前記組成物特許に基づき、オキサリプラチン製剤の生産等の差止を求めました。。
本件の特許クレームは、以下のようなものでした。
オキサリプラチン、有効安定化量の緩衝剤及び製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって、製薬上許容可能な担体が水であり、緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩(以下略)
そして本件で問題となったのは、「緩衝剤がシュウ酸」という箇所でした。
この点被告は、このシュウ酸は外部から添加されたものに限るとし、被告製品については、下記平衡反応式のように、オキサリプラチンを水に溶解すると、乖離によってシュウ酸が自然に生ずるのみである、と主張しました。
2 裁判所の判断
裁判所は以下のように判断し、特許侵害を認めました。
● 本件発明は、オキサリプラチン、水及び「有効安定化量の緩衝剤」である「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」を「包含」する溶液組成物に係る物の発明であり、シュウ酸等の添加など組成物の製造方法に関する記載はない。
● 「包含」の語義を考えても、水溶液に「包含」されるシュウ酸とは、水溶液中に存在する全てのシュウ酸をいい、添加したシュウ酸に限定されない。
● 明細書でも、当該緩衝剤が組成物中に存在することで、不純物の生成防止等、既知のオキサリプラチン組成物より優れた効果を有するものと認められ、緩衝剤を添加したものに限定するという構成とはみられない。
3 解説
(1)特許侵害?〜慌てないために
前書のとおり、解説欄では、特許の侵害がどのような場合をいうのか、その基礎的な考え方をご紹介したいと思います。
他社製品が、一見自社の特許や明細書中の実施例と似ていると思うことがあるかもしれません。他方、自社製品に関係すると思しき特許があると、取引先などから指摘されることもあります。
しかしここで慌てて他社に警告したり、逆に慌てて自社製品の販売をやめてしまうということは得策ではありません。まずは特許侵害の考え方の基礎を理解し、冷静に対応する必要があります。
(2)特許侵害判断の基本〜特許クレームと製品を比較する
まず、特許侵害につき理解するためには、特許権の権利範囲を理解する必要があります。そして、特許権の権利範囲は、原則として「特許請求の範囲」(クレーム)の記載の解釈によって定められます。
したがって、ある製品と、特許明細書にある実施例が似ているから侵害と即断するのではなく、特許請求の範囲と当該製品を比較する必要があります。
(3)特許侵害判断手法のアウトライン〜架空事例をもとに
そこで、具体例として、以下のような架空事例を取り上げてみたいと思います。ここでは、以下のような特許請求の範囲(クレーム)を持つ特許発明を考えます。
<特許請求の範囲>
鉄合金材の表面を研磨するための化学研磨剤であって、物質甲10~20重量%、物質乙5~15重量%、物質丙8~15重量%、及び水40~60重量%を含む水溶液からなることを特徴とする鉄合金材用化学研磨剤。
<構成要件の分説>
まずは、この特許請求の範囲を構成要件を分説します。例えば、以下がその例です。
A 鉄合金材の表面を研磨するための化学研磨剤であって、
B 物質甲10~20重量%
C 物質乙5~15重量%
D 物質丙8~15重量%
E 水30~60重量%
F を含む水溶液からなることを特徴とする鉄合金材用化学研磨剤
<侵害疑義製品の分説と比較>
次に、侵害疑義製品についても、同様に分説し、特許請求の範囲と比較します。比較した結果は、侵害疑義製品については以下のようなものであったとします。
A 鉄合金材の表面を研磨するための化学研磨剤
B 物質甲12重量%
C 物質乙7重量%
D 物質丙2重量%
E 水59重量%
F を含む水溶液からなることを特徴とする鉄合金材用化学研磨剤
(なお、合計が100%にならないのは、他の物質が含まれているからです)
<抵触の有無の判断>
そして、上のような場合、侵害疑義製品と特許発明は一見よく似ていることは事実です。
しかし、当該製品は、構成要件A~C、E、Fを充足するものの、構成要件Dを充足していません。それで、当該製品は、原則として非侵害、ということになります(ただし、均等侵害又は間接侵害となる可能性はあります)。
<まとめ>
以上のとおり、ある特許の侵害といえるためには、原則として、特許請求の範囲(クレーム)に記載された構成要件の「すべて」を充足することが必要であるということになります。そのため、ある製品が、その構成要件の一部でも欠く場合には、例外的場合を除き、原則として特許権侵害は成立しない、ということになります。
この点、紹介した判例では、当該組成物特許の構成要件のうち、「緩衝剤としてシュウ酸を含む」という構成の充足性が問題となり、特にその解釈として、外部から添加されたものに限るのか否かが問題となったわけです。
以上、今回は特許侵害の判断の考え方のごくアウトラインをご説明しました。もちろん、具体的な事例においては弁理士や弁護士のアドバイスを求めるのは当然と思いますが、考え方の概要だけでも知っておくことは何かの場合に慌てないためにも重要なことかと思います。
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