2006-02-10 契約自由の原則と敷引合意
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なお、このトピックは、メールマガジン発行日現在での原稿をほぼそのまま掲載しており、その後の上級審での判断の変更、法令の改正等、または学説の変動等に対応していない場合があります。 |
事案の概要
平成17年12月16日 最高裁判所第二小法廷判決
大阪府住宅供給公社(A社)の賃貸マンションに3年2か月暮らしたB氏が,退去時に,35万3700円の敷金から,修繕費として30万2547円が差し引かれました。
入居時に交わした契約書の中に,「傷や汚れについては,負担区分表に基づいて借手が負担する」との特約があり,この特約に基づき,修繕費が差し引かれました。
これに対し,B氏が,前記特約の無効を主張し,敷金全額の返還を求めました。
判決の概要
最高裁判所は,以下のように判断しました。
(1)賃貸借契約において,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定されている。
(2)それゆえ,賃借人が通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は,通常,賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。
(3)そうすると,通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは,賃借人に予期しない特別の負担を課すことになる。
(4)したがって,賃借人に通常損耗についての原状回復義務が認められるためには,賃借人が負担する通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか,明確に合意されていることが必要である。
(5)本件では,契約持に,貸主は,借主に,「負担区分表」として,ふすまの汚れ,床の変色など,借主が負担すべき内容を細かく定めた文書を契約時に渡していたが,通常の汚れや傷も含む趣旨だとだれが見ても明白とはいえず,合意が成立したとはいえない。
解説
【契約自由の原則と契約の一方当事者の保護】
一般に,民法には,「契約自由の原則」があります。つまり,私人の間の契約関係は,誰と契約するか,どんな契約内容にするか,どんな契約の方式を取るかを,原則として自由に決められます。
したがって,通常損耗の原状回復を賃借人に負担させる特約も,契約自由の原則をそのまま当てはめれば,有効となることも十分考えられたと思われます。
しかし,最高裁は,通常損耗特約が賃貸借契約の本質に反する特約であることから,「明確な合意」がないかぎり無効となる,と判断しました。しかし,最高裁が要求する合意の明確性(明白性)について定めたハードルはきわめて高く,現状の契約書のほとんどは,この最高裁のハードルをクリアすることはできないと解されます。
つまり,最高裁は,契約自由の原則から通常損耗特約の有効性を認めつつも,合意の明確性のハードルを高くすることにより,大多数の通常損耗特約を事実上無効とする判断を示したわけです。
【対消費者との契約における留意点】
このように,裁判所は,契約自由の原則をいろいろな形で修正し,特に力関係において劣る一方当事者を保護しようとすることがあります。そして,特に企業が消費者を相手にするような契約においては,その傾向は強くなります。今回も,貸主は必ずしも企業とは限りませんが,賃貸借契約において借主が事実上契約書の修正を求めることができず,借主が権利主張できないという現状が背景にあったものと思われます。
したがって,自社の利益保護の観点から,民法等の本来の法律よりも有利な内容を契約によって定めることは,法務政策上当然のことです。しかし,特に消費者契約法10条によって,信義に反する程度に消費者に不利な契約は無効とされると明文で定められたこととなったことを考えれば,重要な条項については,過去の判例などを参照しながら,無効とされるリスクをできるだけ軽減するよう努めるべきでしょう。
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