5.2.4 試験又は研究についての例外~特許侵害主張への抗弁
「試験又は研究のための実施」と特許侵害との関係
特許権者は、特許法によって、「業として特許発明の実施をする」権利を独占できる旨が定められています(特許法68条[条文表示])。したがって、第三者が、特許権者の許諾なく、「業として特許発明を実施する」場合、その実施行為は、通常は、権原のない実施行為として特許権を侵害することとなります。
しかし、特許権者の許諾のない実施行為であっても、一定の「権原」が認められることがあります。そしてこの場合、特許権の侵害は成立しないこととなります。その「権原」の一つが、「試験又は研究のための実施」です。
すなわち、特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばないとされており(特許法69条1項[条文表示])、「試験又は研究のためにする特許発明の実施」については、特許権侵害とはならない、ということです。
「試験又は研究のための実施」とは
一般的な考え方
ではここでいう「試験又は研究」とは何を指すのでしょうか。現在のところその射程範囲は明確ではありませんが、学説によれば「試験又は研究」は、特許発明それ自体の試験・研究であって、(1)特許性調査、(2)機能調査、(3)改良・発展を目的とする試験のいずれかを目的とするものに限定されると解釈されています。言い換えれば、技術の進歩を目的とする行為に限定されると解釈されています。
具体例
具体例としては以下のようなものがあると考えられています。
特許性(新規性、進歩性など)を確認するための試験研究
ある特許発明について、新規性や進歩性等の特許要件の有無を調査するために行われる試験であり、その結果によっては無効審判の請求や異議申立を可能とするもの。
特許発明の実施可能性・明細書記載の効果の確認等に関する機能試験
ある特許発明が実施可能であるか、明細書に記載された効果を奏するか、副作用等の副次的影響があるか否か等を調査するもの。その結果によっては、実施許諾を受ける可能性が明らかとなる場合もあるとされています。
特許発明の改良・発展を目的とする試験研究
特許発明について改良し、より優れた発明を完成するための試験研究をいうとされています。また、迂回発明のための目的も、技術の進歩に貢献することがあることから、これに含まれる場合があると考えられています。
過去の裁判例
過去の裁判例については、後述の後発医薬品をめぐるものを除いては少ない状況にあります。例を挙げれば以下のようなものがあります。
「人形頭の製造型事件」(東京高裁昭和59年1月30日判決)
特許発明に抵触する製造型を作り、これによって人形頭を試作・研究し、その後自ら開発した製造型(特許発明に抵触しないもの)を使用して業としての製造・販売を開始したというケースです。裁判所は、「試験研究のためのもの」として、特許権の侵害にならないと判断しました。
「除草剤事件」(東京地裁昭和62年7月10日判決)
除草剤の販売目的で農薬登録を得るための薬効等の試験につき、当該試験は技術の進歩を目的とするものではなく、専ら除草剤の販売を目的とするものであるから、特許法69条1項にいう例外には該当しないと判断しました。
ジェネリック医薬品についての問題
問題の所在
「試験又は研究」に関連して裁判実務上多く議論されてきたのは、後発医薬品(ジェネリック薬品)の開発です。つまり、ジェネリック薬を、特許存続期間満了後に販売するために行う開発、試験、製造が「試験又は研究のためにする」といえるか否か、という点です。
後発医薬品であっても、薬事承認を得るために試験や審査に年単位での時間を要することから、後発品メーカーは、特許の存続期間満了日より前から必要な試験を行うため、特許製品を製造してきたからです。
最高裁の判断
この点は裁判例も分かれていましたが、最高裁が、「膵臓疾患治療剤事件」(平成11年4月16日判決)において判断を示し、以下のように述べました。
「第三者が、特許権の存続期間終了後に特許発明に係る医薬品と有効成分等を同じくする医薬品(後発医薬品)を製造して販売することを目的として、その製造につき薬事法14条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明の技術範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことが特許法69条1項にいう『試験』に当たり、特許権の侵害にならない」
それで、現在は、薬事承認申請をするために必要な試験(臨床試験含む)については、「試験又は研究」に含まれると解されています。しかし、特許存続期間満了後の販売に向けて在庫品を製造するような場合は「試験又は研究」に含まれないと解されています。
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