2015-05-12 民事保全と債権回収

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1 今回の判例 民事保全と債権回収

大阪高裁平成26年3月3日

 クレジットカード会社A社は、B氏に対するクレジット代金の立替金及びキャッシングによる貸金の支払を求める訴訟で勝訴し、B氏の所有するマンション持分につき強制競売を申し立てました。

 しかし、Bのマンション持分に設定済みの抵当権の残債が約258万円であるのに対し、マンション持分の評価額が160万円しかないことが判明したため、競売は取り消されることが見込まれました。

 そこで、A社は、強制競売の申立てを取り下げ、上記の立替金及び貸金の支払を保全するためB氏のマンション持分の仮差押えを求める保全処分を申し立てました。

 なお、この判決は、法律上の技術的な論点が中心のため、興味のない方は「解説」のみお読みになってもよいかと思います。

 

2 裁判所の判断

 原審の大阪地裁は申立てを却下しましたが、大阪高裁は以下のとおり判断し、本件を地裁に差し戻す決定をしました。

● 本件では本案判決があり、即時かつ無条件の強制執行が可能であるから、「現時点における強制執行」の保全を観念する余地はないが、現時点において判決に基づく強制執行ができない事情があって、「強制執行をすることができなくなるおそれがあるとき、又は強制執行をするのに著しい困難を生ずるおそれ」(民事保全法20条1項)があると認められる特別の事情があるときは、仮差押に必要な「保全の必要性」がある。

● 本件では、現時点では強制競売が無剰余取消となる可能性が高いが、抵当権の被保全債権が将来減少又は消滅することにより、遠くない将来に剰余が生じて競売が許される時期が到来する可能性があるから、仮差押命令申立について保全の必要性があると認められる。

 

3 解説

(1)民事保全処分とは

 今回問題となった手続は、「民事保全」というものです。法務部や債権回収の部署におられるような方を除き、多くの方は、仮処分や仮差押といった民事保全の制度はなじみが少ないと思いますが、実はこの制度は、債権回収においては効果的な手段となることがあります。

 それで本稿では、この「保全処分」についてご説明します。

 ご承知のとおり、法律上の権利を最終的に実現する手段は訴訟であり、勝訴判決を得た後、相手方の財産を差し押さえる、という方法が、通常の方法です。

しかし、訴訟手続には長い期間がかかります。そして、訴訟をしている間に、相手方がめぼしい財産を隠してしまったり、費消してしまったりすることは起こり得ることであり、この場合、勝訴判決を得ても絵に描いた餅に終わってしまうことがあります。それで、こうした財産をあらかじめ押さえておくことが重要となることがあります。

 それで、民事保全法は、「仮差押」と「仮処分」という2つの制度を設けており、これを「民事保全」制度といいます。その中で仮差押とは、相手方の財産を仮に差し押さえておくことによって、相手方がその財産を無断で処分できなくなるというものです(正確には、処分してもよいが、仮差押がついてまわります)。

(2)仮差押のメリット

 そして、この仮差押は、訴訟を提起する前に実行することができるという点がメリットです。しかも、仮差押の審理は、相手方に一切知らされません。つまり、訴訟を提起する前に、相手方に知られることなく、仮差押の申立を進めることができるわけです。そして相手方が仮差押の存在を知るのは、裁判所が仮差押の決定を出し、その決定が相手方に通知された時点です。

 それで、仮差押が成功すれば、その後時間をかけて訴訟を進めても、相手方の財産が不当に流出する心配をすることがなく、将来の回収の可能性はぐっと高まるというわけです。

(3)仮差押のデメリット

 以上のとおり、仮差押は、債権回収上効果的な手段の一つですが、デメリットもあります。そのひとつは「担保(保証金)」を積む必要があるという点です。

 この担保の額は、請求する権利の性質や立証の程度、また仮差押の対象となる財産の内容に応じて、裁判所が定めますが、請求債権額の10~30%の範囲となることが多いといえます。この担保は、訴訟が終われば通常はそのまま返還されますが、いつ返還されるか分からないため、運転資金に充てる必要がある資金を使うことはできません。また、例えば1000万円の請求債権なら、保証金は100~300万円となることが多いため、負担もばかにならず、この点はデメリットといえます。

(4)ビジネス上の留意点

 仮差押などの保全処分で認められている立証方法・証拠は、基本的には書面です。特のこれらの書面とは、自社が一方的に出す請求書といったものでは弱く、他方、相手方の印鑑がある契約書、注文書、納品受領書、念書といった書面は証拠力が強いと考えられています。

したがって、契約書、発注書等のしっかりと証拠が揃っている事案でないと、保全処分は活用しにくいと考えておくべきです。

 それで、このような点を考えても、普段の取引において、相手方を信頼しているからという理由で口頭で発注を受け、請求書だけを発行して取引を完結させるという方法が、いざトラブルになった際にはリスクが高いものであるか、という点をご理解されるかと思います。普段からのしっかりとした証拠の整備が、いざというときにものをいうことになるわけです。

 また、保全処分には、もうひとつ、交渉を大きく進展させるトリガーとなることがあります。つまり、保全処分によって、相手方の財産が固定されてしまうわけですが、例えば、相手方にとって重要な売掛金や預金債権が仮差押を受けた、というケースでは、相手方は仮差押の取下を求めて示談交渉を申し入れてくることも少なくありません。

 それで、こうした示談交渉の申入から、早期の示談と債権回収に至るということもあるわけです。

 以上のとおり、保全処分は、場面によっては重要な債権回収手段となります。もちろん、いざ実行という場合には、弁護士への依頼は必要ですが、必要な法的武器のアウトラインを知っておくことは、企業経営にとって重要なことではないかと思います。



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