開発遅延と解除・損害賠償
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本ページでは、システム開発が遅延した場合に生じうる契約解除・損害賠償の問題についてご説明します。
開発遅延と契約解除
ユーザ(発注者)による契約解除と報酬請求
システム開発が遅延し、所定の納期を著しく遅延する場合があります。この場合、発注者(ユーザー)が納期の延長を認めれば別として、そうでない場合、発注者(ユーザ)は、相当の期間を定めて催告をしてもその期間内に履行がないときは、システム開発の「債務不履行」(契約違反)を理由として、契約を解除することができる、というのが原則です。
そしてこの場合、受注者(ベンダー)は、発注者に対して報酬を請求できないこととなります。また、すでに報酬を前金で受領している場合には、返金が問題となります。
発注者(ユーザ)による損害賠償請求
また、システム開発が遅延し、所定の納期を遅延した場合、発注者(ユーザ)は受注者(ベンダ)に対し、以下のような項目の損害賠償を請求できる可能性があります。ただし以下は一般的な「可能性」であって、個別のケースではケース・バイ・ケースの検討が必要です。
- ハードウェア、ソフトウェアの購入代金
- 第三者に支払った業務委託料
- 逸失利益
以下、報酬の返金や損害賠償請求のうち問題となることが多い項目について、ご説明します。
開発委託費用の返金に関する問題
上流フェーズについて履行がなされている場合
少なくないケースで、システム開発に関する契約は、「基本契約」「個別契約」と分けて契約がされ、さらに「個別契約」については、設計段階と製造段階というふうにフェーズ単位で契約がされるということがあります。
このようなケースで、仮に設計段階での成果物(基本設計書や詳細設計書)が検収され、製造段階に移った後に開発が大幅に遅延した、という場合には、発注者(ユーザー)は、設計段階の契約をも解除して代金返還の請求ができるでしょうか。
例えば、スルガ銀行・IBM事件の一審判決(東京地裁平成24年3月29日判決)は、上流フェーズの成果物(要件定義書、システム設計書など)について客観的利用価値がなく他のベンダに引き継ぐことは困難であるとして、その部分の「損益相殺」を否定しました。つまり、上流フェーズの代金についても実質的に返還を認めたということになります。
しかしながら、この点はケース・バイ・ケースの事例判断という要素が強く、個々の事案次第、また裁判所の考え方次第としかいいようがない部分があることは否定できません。
損害賠償請求に関する問題
ユーザ側の人件費
契約解除を主張するユーザ(発注者)から頻繁に出される主張として、当該遅延によって生じた自社の従業員の人件費の賠償を請求するというケースがあります。
もっとも、この請求については、困難なハードルがあることを考慮する必要があります。それは、従業員の給与は労働契約に基づいて発生する費用であってベンダ(受注者側)の債務不履行との因果関係が認められにくい部分が多いこと、またユーザ側の従業員が実際にシステム開発にどの程度関与していたのか立証することが困難であるからです。
ただし、以下のようなケースでは、人件費が賠償として認められる余地があります。ただしこれらは例示であり、すべてを網羅しているわけではありません。
- ユーザ(発注者)が当該システム開発のために専属の担当者や専属の部署を設置しており、他の業務に携わっていなかったことが立証できる場合
- 通常はほとんど発生しない時間外労働が、当該システム開発の期間に限って集中的に発生している場合
- 日報などから当該システム開発に関与していた時間が立証でき、かつ当該開発がなければ従事していた業務の内容と得られたであろう利益が立証できる場合
ハードウェア代金の返還・補償の可否
新しいシステム開発に伴い、サーバーやその他のハードウェアを購入したりリースを受けるということは珍しくありません。そして発注者(ユーザ)としては、システム開発の契約を解除した以上、ハードウェアも不要になったからという理由で、ハードウェア代金の返金や補償を求めることが少なくありません。
この場合には、一律どちらという答えは出ません。ハードウェアの購入目的・性質・汎用性・流用可能性、ハードウェア購入契約と開発契約の関係、契約から解除に至る経緯、当該ハードウェアの使用状況などを総合的に考慮して、ケース・バイ・ケースの判断となると考えられます。
この点、データベース開発請負契約の解除に伴って、あわせて購入したサーバの購入契約も解除したという事案(東京地裁平成18年6月30日判決)において、裁判所は「開発がなければサーバを購入していなかった」として解除を認めた事例があります。
責任制限条項との関係
システム開発契約において多く見られる規定に、「責任制限条項」があります。例えば、一方当事者が負う責任の限度額を、委託金額に限定する規定や、「逸失利益・間接損害」などは賠償に含まない、という規定もあります。
こうした規定が実際に訴訟でどう判断されるかですが、ベンダ側に重過失があるなどの事情で、責任制限条項が限定解釈され、責任制限条項の適用が一部認められないという場合もあります。しかし、責任制限条項は基本的には適用されることが多いと理解して差し支えないと考えます。
例えばスルガ銀行とIBMの事件の控訴審判決(東京高裁平成25年9月26日判決)は、責任制限条項の適用を認め、裁判所は、逸失利益の賠償を認めず、費用相当額(実損害)の賠償を命じました。
発注者の帰責事由がある場合
システム開発の遅延について、発注者(ユーザ)側に帰責事由がある場合があります。その代表的な場合を取り上げます。
仕様変更・仕様追加の場合
基本的にはユーザ(発注側)の責任となる
納期遅延の理由の一つとして、ユーザ(発注者)側の度重なる仕様変更や仕様追加があったということがベンダー側から主張されることがよくあります。
確かに、仕様確定後、ユーザ(発注者)側の都合による仕様変更や仕様追加による遅延については、ベンダー(受注者)は責任を負わないのが筋です。
ベンダ側のプロジェクトマネジメント義務との関係
しかし、ベンダ(受注側)が必ずしも全面的に責任を負わないとはいえない場合もあります。それは、ベンダ(受注側)にいわゆるプロジェクト・マネジメント義務が認められる場合があるからです。
肯定例
東京地裁平成25年11月12日判決は、ユーザ(発注者)が、注文者として、システムの仕様を最終的に決定する義務を負うと判断したものの、他方で、ベンダー(受注者)が、ユーザ(発注者)から仕様の変更や追加の申し出があった際に、その変更や追加によってスケジュールの遅延が生じる場合にはその旨を説明してユーザと協議し、都度納期を見直す等したうえで、最終的に決められた納期に間に合うようにする義務があると述べました。
そして、裁判所は、同事件においては、納期が到来するまでの間に、ベンダがユーザに対し、仕様の変更や追加によって開発スケジュールに遅延が生じる可能性を指摘して納期の見直しを要望したといった事実が認められないことから、納期に遅れないように開発を進める義務を十分に果たしていたとはいえない、と判断しました。
否定例
札幌高裁平成29年8月31日判決は、一審が一部肯定したベンダ側のプロジェクトマネジメント義務を否定しました。
その理由としては、ベンダ側が、ユーザ(発注側)が要望する追加開発の多くが仕様外であり、追加開発を行うとシステムの稼働が予定日に間に合わなくなる旨を発注側に対して繰り返し説明していたことや、ベンダ側が、ユーザの追加開発要望を受け入れて、仕様凍結の合意をユーザから取り付けていたこと等が挙げられました。
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