2014-03-04 特許発明と実施可能要件

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1 今回の判例     特許発明と実施可能要件

 

知財高裁平成25年2月12日判決

 米国法人であるAは、名称を「処方した人の脳シチジンレベルを上昇させる薬を調合するためのウリジンの使用方法及び同薬として使用する組成物」とする発明につき特許出願を行いました。しかしその出願は拒絶査定を受け、不服審判によっても当該拒絶の判断が覆らなかったため、Aは、当該審決の取消を求める訴訟を起こしました。

 特に本件で問題となった請求項の発明内容は以下のとおりです。

 処方した人の脳シチジンレベルを上昇させる経口投与薬として使用する、(a)ウリジン、ウリジン塩、リン酸ウリジン又はアシル化ウリジン化合物と、(b)コリン及びコリン塩から選択される化合物と、を含む組成物。

 

2 裁判所の判断

 裁判所は、以下のとおり判断しました(なお本稿では、実施可能要件に関する判断に絞ります)。

  • 本願発明は、(a)と(b)の2成分を組み合わせた組成物が人の脳シチジンレベルを上昇させるという薬理作用を示す経口投与用医薬についての発明である。
  • しかし、明細書には、アレチネズミに(a)成分であるウリジンを単独で経口投与した場合に、脳におけるシチジンのレベルが上昇したことが記載されているものの、(a)成分と(b)成分を組み合わせて使用した場合の効果や、(b)成分単独での効果についての実験結果が示されていない。また、そのような技術常識が本願発明の優先日前に存在したと推認できるような記載もない。
  • そうすると、詳細な説明には、当業者が本願発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したということはできず、特許法36条4項に規定する要件(実施可能要件)を満たさない。

 

3 解説

(1)実施可能要件とは

 特許の明細書においては「実施可能要件」という要件が必要です。つまり、その技術分野の技術者(「当業者」)が、その特許の明細書を読めば当該発明を実施できる程度に、明細書において、発明の説明を明確かつ十分に記載しなければなりません。

 他方、技術常識に照らして明細書や図面の記載を読んでも、当業者がどのようにすれば当該発明を実施できるのか理解できないときには、実施可能要件が満たされていないとして、出願が拒絶されたり、無効となることがあります(なおこの場合「サポート要件」という別の要件違反となることも少なくありませんが、この点は本稿では省略します)。

(2)化学系・薬学系の明細書と実施可能要件

 そして、化学系・薬学系の明細書では、有効成分として記載されている物質やその組合せ自体から、それが発明の用途に利用できるかや、所望の効果を得られるかどうかを予測することが困難であるため、明細書において、そうした効果が得られることを示す実験データを明細書に記載することで、実施可能要件の充足を図ることが少なくありません。

 それで、広くて強い権利を取得するためには、また無効リスクを下げるためには、実験データは1つだけでなく、特許請求の範囲に記載する発明のすべてをサポートする多くの実施例を記載することが必要です。そしてこの点、出願後に提出された実験データでは、基本的に出願時の明細書におけるデータ不足を補うことはできないというのが判例の考え方ですので、この点からも、出願時に十分な実験データを明細書に記載することが重要といえます。

(3)ノウハウとしての秘匿の選択肢

 場合によっては、「実施可能要件を満たすような詳細な情報を開示するくらいなら、ノウ八ウとして技術を秘匿しておきたい」という判断もあるかもしれません。つまり、あえて特許出願せずに、営業秘密として守るという、「ブラックボックス化」という方法です。発明が製造方法に関するものである場合や、配合組成物の分析が困難である場合など、技術内容によっては有効かもしれません。

 この場合には、秘密状態をいかに維持するかが最大の問題です。また、こうした情報が漏洩した場合に事後的な責任追及はできても漏洩自体を止めることが難しいことや、逆に他社に特許化されるというリスクもあります。しかしながら、この「ブラックボックス化」もひとつの選択肢でしょう。

 なお、前記難点やリスクに対する対応については、別の機会に述べたいと思います。

 

参考ページ:特許法解説 https://www.ishioroshi.com/biz/kaisetu/tokkyo/index/


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