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4.1.3 特許無効審判~他者特許侵害への対応

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特許無効審判とは

 本稿では、他社の特許を無効とする手段の一つとしての特許無効審判について解説します。

 特許無効審判とは、誤りのある特許の無効理由があることを示す証拠を特許庁に提出し、その特許を無効にすることを求める手続です。

 なお、特許無効審判は、請求項に記載された発明が二以上であるときは、請求項ごとに請求することができます。

特許無効審判で特許を無効にできる場合

 特許無効審判で特許を無効にできる場合にはどんな場合があるでしょうか。この点は法123条1項1号に記載のとおりですが、主として以下のようなものがあります。

  • 特許法17条の2第3項[条文抜粋]に反して新規事項を追加する不適法な補正をした特許出願であった場合
  • 外国人の権利の享有(特許法25条[条文表示])の規定違反の場合
  • 特許法に定める発明でないものに対して特許が与えられた場合
  • 産業上の利用可能性の規定に反している場合
  • 新規性がない場合(特許法29条1項[条文表示]
  • 進歩性がない場合(特許法29条2項[条文表示]
  • 拡大先願の規定(後に公開された先願に記載された発明と同一の後願発明に対して特許が付与されない規定)に反した場合(特許法29条の2[条文抜粋]
  • 公序良俗等に反する発明に特許が与えられた場合
  • 出願が共同出願の規定に反していた場合
  • 条約に違反して登録された特許
  • 特許法39条[条文抜粋]の後願排除等の規定に反して特許が与えられた場合
  • 明細書の発明の詳細な説明(特許法36条4項1号[条文表示])違反、又は特許請求の範囲の記載要件(特許法36条6項(4号を除く)[条文抜粋])違反の場合
  • 発明者でなく、特許を受ける権利を承継しない者による出願(いわゆる冒認出願)であった場合
  • 明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正が、126条1項ただし書若しくは3項から5項まで、又は134条の2第1項ただし書の規定に違反してなされた場合

特許無効審判の請求者

 誰が特許無効審判を請求できるでしょうか。この点は、特許後であれば、原則として誰でも請求できます。ただし、無効理由のうち、冒認出願と共同出願違反については、利害関係人(ただし平成24年4月1日以降の出願については特許を受ける権利を有する者)のみが特許無効審判を請求することができます。

 したがって、他社から特許侵害の主張を受けた場合には、冒認出願と共同出願違反を除き、当然、特許無効審判を請求することが可能です。

特許無効審判の審理の概要

審理の基本的構造

 特許無効審判は、特許無効審判を請求した当事者である請求人と特許権者である被請求人とが相対して審理します。

 そして、3人または5人の審判官が合議体を構成し、判断することとなります。登録までの審査が1名の審査官が行うのに対し、無効審判は、合議体によってよる慎重な審理と判断がなされるというわけです。

審理の基本的手順

 請求人がまず審判請求書を提出することにより、審判が開始します。これに対して被請求人(特許権者)が答弁書を提出します。さらに必要に応じ、主張・反論の書面が各当事者によって提出され、書面審理がなされます。

また、書面審理のほか、請求人、被請求人、それぞれの代理人(弁護士・弁理士)、審判官等が出席し、口頭審理が開かれる場合もあります。多くのケースでは、口頭審理は特許庁で開かれますが、最近では審判官が東京以外の場所に出張して口頭審理を行う巡回審判も行われています。

審決とその効果

 特許無効審判において審理の終結の機が熟したと判断されると、審理が終結し、審決が出されます。

審決には、特許を無効にする審決(認容審決)と、特許を維持する審決(棄却審決)とがあります。ただし、請求項が複数ある場合には、そのうちの一部のみが無効と判断されることもあります。

 審決によって請求が容認され、その審決が確定すると、当該特許は、原則として当初から存在しなかったものとみなされます(特許法125条[条文表示])。

審決に対する不服申立

 出された審決に不服がある当事者は、知的財産高等裁判所に審決取消訴訟を起こし、審決を争うことができます(特許法178条1項、3項[条文抜粋])。

 この訴えを提起しなければ、審決は確定します。

 以下、無効審判の各段階について詳論することとします。

特許無効審判の請求

審判請求書の提出

 特許無効審判を請求する場合、審判請求書を特許庁に提出します。その際に、主張を裏付ける添付書類も添付します。

 また、審判請求の際に、相手方の数+1の数の審判請求書・添付書類の副本を提出します。

 また、審判請求書の提出の際に特許庁へ費用を納付する必要がありますので。1件につき、4万9500円+5500円×請求項数です。

審判請求書記載事項

審判請求書には、次の事項を記載します。

  • 宛名(「特許庁長官殿」と記載します)
  • 審判事件の表示(特許無効審判の場合は「特許○○号無効審判事件」のように記載します)
  • 審判請求に係る請求項(発明)の数(無効を求める請求項の数を記載します)
  • 審判請求人・代理人の氏名(名称)・住所(居所)
  • 被請求人(特許権者)の氏名(名称)・住所(居所)(共有の場合は、共有者全員が被請求人となります)
  • 請求の趣旨
  • 請求の理由(詳細は後述します)
  • 証拠方法
  • 添付書類又は添付物件の目録

審判請求書「請求の理由」記載要領

審判請求書の請求の理由の記載要領は、簡単にいえば以下のとおりです(特許法131条2項)。

(1) 特許を無効にする根拠となる事実を具体的に特定する
(2) 立証を要する事実ごとに証拠との関係を記載する

 具体的には、以下のとおりです。

「特許を無効にする根拠となる事実」~主要事実を網羅性すること

 ここでいう「特許を無効にする根拠となる事実」とは、特許法123条1項各号に規定されているそれぞれの無効事由の根拠となる、所定の要件(「要件事実」)を構成する具体的事実(「主要事実」)のことをいいます。

 それで、請求人は、当該特許を無効にする個々の根拠に応じ、それぞれが規定する要件を充足するように、個別具体的な事実を記載します。

「具体的に特定する」~主要事実の具体性・特定性~

 さらに、審判請求書には、特許を無効にする根拠となる事実を「具体的に特定する」ことが必要です。それで、先に述べた「主要事実」を、十分に具体化して記載します。

 例えば、出願前に頒布された刊行物に特許発明が記載されていることを根拠として新規性欠如に基づく無効理由を主張するという場合を考えてみます。この場合、先行技術として文献名のみを挙げ、文献が存在することだけを事実として記載しているという場合、この要件を満たしているとはいえません。

 この場合には、当該特許発明の内容を具体的に記載したうえで、それがどの刊行物(著者、書名、版数、発行国、発行所、発行年月日で特定する)のどの箇所に記載されているかを具体的に記載します。また、当該刊行物にはどのような事項が記載されており、その記載から把握できる先行技術を具体的に記載します。

「立証を要する事実ごとに証拠との関係を記載する」

 ここでいう「立証を要する事実」とは、無効審判請求人の主張する主要事実のすべてです。そして、要証事実のそれぞれと証拠のそれぞれがどのように対応しているかを記載します。

特許権者の防御

特許権者の防御の機会1~答弁書

最初の答弁(審判請求書の副本送達後の答弁)

 審判請求書に記載要件違反などの不備がない場合、審判請求書の副本が特許権者に送達され、特許権者に、指定された期間内に答弁書を提出する機会が与えられます(特許法134条1項)。

 答弁書には、まず「答弁の趣旨」として、無効審判の請求の趣旨に対する答弁の趣旨を記載します。通常は、「本件無効審判の請求は成り立たない。審判費用は請求人の負担とするとの審決を求める。」と記載します。

 さらに、答弁書の「理由」の欄に、無効審判請求の理由に対して、反論を具体的に記載します。

 また、必要に応じ、証拠方法と立証趣旨(立証しようとする事項と証拠との関係)を記載し、証拠物件等を添付します。

審判請求書の補正書の副本送達後の答弁

 一定の場合には、審判請求人が、審判請求書の要旨を変更する補正の許可を受けて、当初の審判請求書に記載されていなかった無効理由を新たに提起することがあります。

この場合、特許権者に対しては、審判請求書の手続補正書の副本が送達され、指定期間内に再度の答弁書を提出する機会が与えられます(特許法134条2項)。

 他方、審判請求書の要旨を変更する補正が許可された場合であっても、特許権者に答弁書を提出する機会を与える必要がないと認められる特別の事情がある場合には、答弁書の提出の機会が与えられません(特許法134条2項ただし書)。

2回目以降の答弁

 以上のほか、審判長が必要と認めるときは、相当の期間を示して、特許権者に答弁書の提出を促すことができます(特許法施行規則47条の2第1項)。

 しかし、2回目以降の答弁機会が与えられるか否かは、審判長の判断によりますので、審決の機が熟したと判断される場合、2回目の答弁機会なしに審理終結が通知されることがあります。

 この判断は、特許権者の最初の答弁の内容、答弁書に対する審判請求人の反論の内容に応じて、その事件が審決のために機が熟した状況になるかどうかによってなされます。

 
 それで、被請求人(特許権者)としては、最初の答弁機会において、請求にかかる無効理由に対しては十分な答弁をしておく必要があります。また、特許権者が特許の訂正請求が必要である考える場合、極力最初の法定の答弁機会にしておく必要があります。

特許権者の防御の機会2~訂正請求

 また、特許権者は、無効審判の手続中、特許の訂正請求(「願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正の請求)をすることができます(特許法134条の2第1項)。

 これによって、特許権者は、当該特許の無効理由を回避することができる場合があります。

訂正請求できる時期

 訂正請求常にできるわけではありません。次に掲げる審判長が指定する指定期間に限ってすることができます(特許法134条の2第1項)。

  • 最初の答弁書提出の指定期間(特許法134条1項)
  • 手続補正書(無効審判の請求理由の要旨変更となる補正を許可した場合)に対する答弁書提出の指定期間(特許法134条2項)
  • 職権探知による無効理由の通知に対する意見書提出のための指定期間(特許法153条2項)
  • 審決取消訴訟において特許維持の審決が取り消された場合に特許権者の求めに応じて行う訂正請求のための指定期間(特許法134条の3)
  • 審決の予告に対する訂正の請求のための指定期間(特許法164条の2第2項)

特に留意する必要があるのは、法定の答弁機会には特許の訂正請求ができる一方で、施行規則上の答弁機会には訂正請求ができないという点です。

訂正のできる範囲

 被請求人である特許権者が訂正請求できる範囲は、一定の範囲に限られています。具体的には、特許法134条の2に定められているとおりですが、列挙すれば以下のとおりです。

  • 特許請求の範囲の減縮
  • 誤記又は誤訳の訂正
  • 明瞭でない記載の釈明
  • 請求項間の引用関係の解消(他の請求項の記載を引用する請求項の記載を引用しないものとすること)
訂正請求における制限

 また、訂正請求の範囲には、以下のような制限もあります。

新規事項の追加禁止

 訂正は、明細書、特許請求の範囲、又は図面に記載した事項の範囲内において行う必要があります。そしてこの基準となる明細書は、原則として設定登録時の明細書ですので、出願時の明細書から削除した事項を復活させる訂正はすることはできません。

実質拡張の禁止

 請求にかかる訂正が、特許請求の範囲を実質的に拡張・変更するものであってはならないとされます。それで、不明瞭記載の釈明や誤記訂正であっても、実質的にみれば特許請求の範囲を拡張・変更する訂正となる場合、認められません。

独立特許要件

 特許請求の範囲の減縮又は誤記の訂正が行われた場合に、訂正後の請求項によって特定される発明が、それ自体として新規性や進歩性等の特許要件を満たさなければなりません。

ただし、この独立特許要件が必要なのは、無効審判の請求がされていない請求項であり、無効審判の請求がされている請求項については独立特許要件を課していません。

 それは、無効審判の請求がされている請求項に関しては、訂正請求された請求項における無効理由の存否の問題として取り扱う方が合理的であると考えられているからです。

審判請求人による反論方法(攻撃方法)

 以上の被請求人(特許権者)の防御に対しての請求人の反論の方法としては、「弁駁書」と「審判請求書の補正書」による反論が考えられます。以下、それぞれについて詳論します。

弁駁書

 審判請求人が「弁駁書」によって被請求人の答弁に反論をする方法です。

 この点審判長は、弁駁書によって審判請求人の意見を聴くことが適切と認めるときに、請求人に被請求人の答弁書や訂正請求書の副本を送達し、一定の期間に弁駁書の提出を促すことができます(特許法施行規則47条の3)。

 弁駁書の「理由」の欄には、被請求人の主張に対する反論を具体的に記載します。また、当該反論するために証拠の提示が必要と考える場合には、弁駁書に必要な証拠方法と立証趣旨を記載し、証拠物件等を添付します。

審判請求書の補正書

補正書の概要

 当該事件が特許庁に係属している場合に限り、手続補正書を提出し、審判請求書の補正をすることができます。

 すなわち、当初の審判請求書の「請求の理由」の欄などの記載を補正書により補正し、被請求人の答弁に対して反論をすることができます。

 手続補正書の提出の際、補正書に必要な証拠方法と立証趣旨を記載し、証拠物件等を添付することができます。

請求人の反論に関する留意点

新たな無効理由の追加等の制限

 審判請求人が反論する場合、審判請求時に主張していた当初の無効理由を請求後に変更したり、新たな無効理由を追加主張したりすることは原則としてできません(特許法131条の2第1項)。

これは、審判請求書の補正書だけでなく、審判請求人の他の攻撃方法(弁駁書、意見書、口頭審理陳述要領書等)においても同様に取り扱われます。

 それで、審判請求人は、当初の審判請求書の提出時点において、基本的には無効理由についてもれなく十分に主張立証しておくことが必要です。

制限に対する例外

 他方、補正により追加・変更された新たな無効理由を審判請求時に提出できなかったことについての合理的理由が認められる場合など、一定の要件のもとに、審判長はその補正を例外的に許可することができます(特許法131条の2第2項)。

口頭審理

口頭審理の原則

 特許法は、無効審判は口頭審理によることを原則とし、当事者の申立て又は職権で、書面審理にすることもできる旨規定しています(特許法145条1項)。

審理事項通知書

 審理において口頭審理を行うこととした場合、口頭審理の期日の調整の上、特許法から「審理事項通知書」が両当事者に通知されます。

 そして、口頭審理を円滑に行い、審決に必要な資料を収集することができるようにするため、口頭審理を行う場合には原則として、口頭審理における審理事項を記載した「審理事項通知書」が、口頭審理期日前に当事者に送付されます。

ここでは、審判合議体の暫定的な見解、判断の基礎となる事項、当事者が争点としている事項、審判合議体が審決を起案する上で論点となる事項等が、あらかじめ当事者に示されます。

 この通知によって、両当事者が口頭審理において主張・立証すべき事項が明確になり、また口頭審理における当事者の議論も噛み合ったものとなるため、審理の内容の充実につながります。

無効審判の審決

無効審判の審決の種類

 無効審判の審決には、以下の4種類があります。

請求人の請求を全部認める場合

請求人が無効を主張する請求項の発明の全部を無効とする審決です。

請求人の請求を一部認める場合

 請求人が無効を主張する請求項の発明の一部を無効とし、他の請求項の発明は無効としない審決です。

請求人の請求を認めない場合

 請求人が無効を主張する全部の請求項の発明を無効としない審決です。

審判の請求を却下する場合

 審判の請求を、不適法を理由に却下する審決です。

訂正請求がなされた場合

 無効審判において訂正請求がなされた場合には、さらに、訂正を認める判断、訂正を一部認める判断、又は、訂正を認めない判断、が審決に含まれます。

審決の効果

無効とする旨の審決の確定の効果

 特許(又はその一部)を無効とする審決が確定したときは、当該特許権(又はその一部)は、初めから存在しなかったものとみなされます(特許法125条)。

 ただし、無効の理由が、特許後に発生した特許法123条1項7号に定める無効原因(特許権の享有主体違反、条約違反)に基づく場合には、特許権は、同号に該当するに至った時から存在しなかったものとみなされます(特許法125条ただし書)。

特許無効審判における訂正請求を認める旨の審決の効果

訂正請求に基づく訂正を認める旨の無効審判の審決が確定したときは、訂正された明細書、特許請求の範囲又は図面により特許出願され、出願公開され、特許をすべき旨の査定又は審決及び特許権の設定の登録がされたものとみなされます(特許法134条の2第9項、128条)。

また、当該確定審決、並びに訂正した明細書、特許請求の範囲に記載した事項及び図面の内容が、特許公報(特許訂正明細書)に掲載されることになります(特許法193条2項6号、7号)。

審決取消訴訟

審決に対する不服申立手段としての訴訟

 審決に不服を有する当事者は、その取消しを求めて審決取消訴訟を提起することができます。この場合、無効審判の相手方当事者が被告となります。

出訴期間

 出訴期間は、審決の謄本の送達があった日から30日以内です。この期間は不変期間です(特許法178条3項、4項)。また、遠隔又は交通不便の地にある者については、審判長が職権で附加期間が与えられ、審決の送達とともに告知されます(国内居住者は15日、在外者は90日)。

提訴先の裁判所

 無効審判の審決取消訴訟は、知的財産高等裁判所に提訴します(特許法178条1項、知的財産高等裁判所設置法2条)。

審決取消訴訟における判決

請求棄却(審決を維持する旨)の判決

 審決取消訴訟において、裁判所が請求に理由がないと認めて請求を棄却する判決をし、その判決が確定したときは、同時に当該審決も確定します。

請求認容(審決を取り消す旨)の判決

 審決取消訴訟において、裁判所が請求に理由があると認めるときは、請求を認容して審決を取り消す旨の判決をします(特許法181条1項)。

 そして、審決を取消の判決が確定したときは、当該無効審判事件に対する審決がなされていない状態に戻ります。それで、当該無効審判事件が特許庁に再度係属し、審判官が更に審理をすることになります(特許法181条2項)。

 ただし、当該確定判決が、当該事件に関して特許庁を拘束しますので、審判官は、当該確定判決の主文と、その結論を導き出した事実認定と法律判断に基づき、再度の審決をすることになります。他方、審判において、これとは異なる理由で同一の結論の審決をすることはできます。

 

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