準拠法と日本の国際私法

準拠法とは何か

 国際取引に関する契約で考えるべき必須事項の一つは準拠法です。例えば、日本企業が米国にある米国企業からコンピュータ100台を購入したところ、そのコンピュータに隠れた瑕疵があった場合、日本企業が当該米国企業に対しどの国の法律に基づき瑕疵担保責任を追求できるか、といった問題が準拠法の問題です。

 契約書に準拠法の規定を置かず、紛争時に、裁判を起こした国の国際私法又は抵触法と呼ばれる法律で準拠法を判断する方法もあります。しかしこれでは予測可能性が低いため、通常は、契約書の作成の時点で、当該契約の効力・解釈には、どの国(地)の法律が適用されるかを明示することが一般的でかつ望ましいといえます。

 本稿では、契約書に準拠法の明示的な定めがない場合を念頭に、裁判所が準拠法をどのように判断するかをご説明します。

法廷地法の原則

 先ほど、準拠法を判断する法律は「国際私法」又は「抵触法」と呼ばれる法律であると述べました。しかし、この国際私法は、国によって内容が異なります。それでまず、準拠法の判断の前提として、準拠法判断の道具となる国際私法は度の国の国際私法を使用するのかが問題となります。

 この点は、「法廷地法の原則」というものがあり、一般に、事件が提起された裁判所が、自国の国際私法に従って準拠法を決定するという扱いが広くなされています。つまり、法廷地の国際私法が適用されるということです(*)。

 したがって、ある事件が日本の裁判所に提起された場合には、日本の裁判所に国際裁判管轄がある場合は、準拠法は日本の国際私法に基づき判断されることになります。以下、日本における国際私法の規定についてご説明します。

(*) なおその前提として、ある国際問題についてその国の裁判所が裁判管轄を持つかという国際裁判管轄がある必要がありますが、本稿ではその詳細は省略します。

通則法における準拠法規定の概要

 日本における国際私法は、「法の適用に関する通則法」(以下「通則法」)という法律です。

 通則法においては、行為能力、成年後見、法律行為、相続等、個々の法律関係ごとに、準拠法について規定しています。そして国際取引において関係することが多い法律行為(契約)については、同法の7条から12条に規定されています。以下これらの点を概説します。

当事者自治の原則

 通則法においては、法律行為の成立と効力発生については、当事者が当該行為当時に選択した地の法を適用するという、準拠法の指定についての当事者自治が原則とされています(通則法7条)。それで、契約書において準拠法が指定された場合、この指定が原則として通則法においても尊重されるわけです。

最密接関連地法の適用

最密接関連地法の原則

 次に、通則法は、法律行為の成立と効力について、当事者が準拠法を指定していない場合には、準拠法が「最密接関係地法」によると定めています(8条1項)。つまり、契約(法律行為)の時点において当該契約(法律行為)に最も関係の深い地(最密接関係地)を準拠法とするという規定です。

 そしてこの「最密接関係地」をどのように判断するかについては、以下のように考えられています。

特徴的な給付を行う当事者の常居所地

 まず、契約(法律行為)において特徴的な給付を当事者の一方のみが行うものであるときは、その給付を行う当事者の常居所地が「最密接関係地」と推定されます(通則法8条2項)。

 この「特徴的な給付」とは、例えば物品の売買契約なら、通常は当該物品の引渡義務が「特徴的な給付」と解されます。物品の売買契約においては、売主は物品の引渡義務を負い、買主は代金を支払う義務を負いますから、両当事者にそれぞれ給付義務があります。

 しかし、当該契約においては、他の契約と区別する特徴となるのは当該物品の引渡という点にあるため(買主の金銭支払義務はどの契約でも同じ)、売主のみが特徴的給付を行うと判断されます。したがって、この場合、8条2項により、物品の給付を行う売主の常居所地法(*)が「最密接関係地法」と推定されるということになります。

(*) 常居所地とは、明確な確立された定義はありません。しかし一般的には、当事者の主な事務所・営業所や、相当期間現実に居住している場所を指すといわれています。

不動産を目的物とする法律行為

 他方、不動産を目的物とする法律行為の場合は、不動産の所在地法が最密接関係地法と推定されます(通則法8条3項)。

消費者契約・労働契約についての特例

 また、通則法は、消費者契約・労働契約について、準拠法についての特例を設けました(通則法11条、12条)。つまり、一般的に、消費者や労働者は、契約の相手方である事業者に比べ、情報力・交渉力が小さく、弱い立場に置かれる可能性があり、当事者自治に委ねると、交渉力のある事業者に有利な準拠法の規定が押し付けられてしまう可能性があるためです。

 なお、これらの特例については別に詳論します。

「公序良俗」による制限

 通則法は、外国法が適用される場合であっても、その規定が公の秩序又は善良の風俗に反するときは、当該規定を適用しないと定めています(42条)。

 したがって、ある契約において、契約当事者が準拠法として日本法以外の別の法律を選択した場合であっても、また国際私法によってある外国法が準拠法となると判断される場合であっても、当該外国法の規定の適用が日本の公序に反する場合には、当該外国法の規定が適用されないということになります。

 なお、通則法42条によって当該外国法の適用が排除された場合、いかなる法が適用されるかについては通則法は何ら定めていません。それで、この点については、学説上も様々な見解があり確定していませんが、国内法を適用するという考えが通説です。

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